E級没落令嬢は、杖を片手に駆け上がる ~ 神域【SSS級ダンジョン】の最下層で、S級ハンター共に見殺しにされた件を感謝? するわけないでしょ。鉄槌よ、鉄槌!
MIZUNA
第1話 プロローグ
「死んでたまるもんですか。絶対、生きて帰らなきゃいけなんだから」
補助魔法を使えるだけが取り柄のE級ハンターである私ことミシェル・ラウンデル(17歳)は、自らの魔法で杖の先に生み出した小さな明かりだけを頼りに必死で走っていた。
しかし、聞こえてくるのは背後から遅い足取りで追いかけてくる人や獣の形をした夥しい数のゾンビ達による呻き声のみ。
どうして、どうして私の身の回りでは不幸ばかりが起きるのよ。
何処ぞの誰かが私に呪いでもかけているんじゃないかと疑いたくなるわ。
私、ミシェル・ラウンデルはアテニア帝国に属するラウンデル伯爵家の長女だった。
『だった』というのは、すでにラウンデル伯爵家は多額の借金で没落してしまったからだ。
今の私は平民でただの『ミシェル・ラウンデル』である。
でも、両親や私。
そして、愛する弟妹の名誉のために言っておく。
決して、ラウンデル伯爵家は自らの失策で没落したわけではない。
両親も、私も身内や周囲に騙されたのだ。
数年前のある日、母方の伯父が尋ねてきて『事業を起こすから資金を貸してほしい。大丈夫、絶対に儲かる。資金は数倍にして返す』と言いだした。
両親はもちろん即答で断った。
「そんな怪しい話にはのれない」と。
しかし、伯父は諦めなかった。
身内に甘いところのあった母を言いくるめ、父上に内緒でこともあろうにラウンデル伯爵家の家紋印と母のサインを使って莫大な借金をしたのである。
それから数年後、伯父の事業は失敗。
彼は行方をくらまし、ラウンデル伯爵家には多大な借金を背負うことになってしまった。
ラウンデル伯爵家は貧乏というわけではなかったが、裕福な貴族というわけでもない。
伯父が残した莫大な借金は法律で許される上限一杯の金利が設定されており、両親が事態を把握したときには、ふくれ上がってとても返せる金額ではなかったのだ。
父は憤慨し、母を連れて裁判をおこすため領地から帝都に向けて出発したが、その途中で不慮の事故が発生。
二人は帰らぬ人となってしまう。
当時の私と弟妹は両親が何を憤慨していたのか、ラウンデル伯爵家がどういった状況に陥っているのかを理解していなかった。
両親の死に意気消沈し呆然としていた私は、周囲に言われるがまま遺産相続をしてしまったのだ。
負債も全て遺産であるという事実を知らず、伯父が作った借金を背負わされているということも知らずにだ。
私がそれらの事実を把握したのは、突然姿を見せた伯父や借金取り達に家も領地も全てを奪われた後だった。
唯一、味方になってくれるだろうと思っていた当時の婚約者に助けを求めるも、ラウンデル伯爵家が没落したことを理由に婚約解消をその場で言い渡されて追い出される始末。
今、思い出してもあの家の奴らには腹が立ってしょうがない。
何にしても私はあの時、自分の不甲斐なさ、身内の誰も彼もがラウンデル家が万が一に備えて蓄えていた資産を狙っていた事実を知って絶望した。
でも、私は何とかして生きなければならなかった。
何故なら、私にはラウンデル伯爵家の嫡男である弟と幼い妹がいたからだ。
伯父と借金取りから家を追い出される時、私は服の中に僅かなお金を持ち出すことに成功。
知り合いや身内を信じられなかったので、私は都会を離れて弟妹と共に田舎の町へと夜逃げ同然に引っ越した。
いつか、弟を当主としてラウンデル伯爵家の再興を果たすために。
しかし、持ち出したお金はすぐに底をついてしまう。
将来を考え弟に勉強をさせるため、育ち盛りの弟妹に少しでもよい食事を与えるため、私は悩み考えた末に『ハンターズギルド』へ登録し、E級ハンターとなった。
この世界では誰もが持つ『魔力』は全ての基礎となるものだけれど、その潜在量は人によって異なる。
ハンターズギルドに置いてある特別な機器で潜在魔力量を鑑定。
魔力量の多さでS級、A級、B級、C級、D級、E級と判断されるのだ。
当然、魔力量が多ければ多いほど身体能力は凄まじい。
鍛え抜かれたS級ハンターともなれば、一人で一国の軍事力に相当するという噂まである。
しかし、この世界には魔力量とは別の素質もある。
それが攻撃魔法と補助魔法の素質だ。
攻撃魔法を持つ者はそれなりにいると言われるが、回復や味方の身体能力を上げることのできる補助魔法を扱える者は少ない。
幸か不幸か、私には補助魔法の素質があったのだ。
E級ハンターだけなら頭数はいくらでもいるが、E級でも補助魔法が使えるとなればダンジョン攻略に一定の需要もある。
アテニア帝国をはじめ、この世界にはいたるところでダンジョンと呼ばれる迷宮が存在。
ダンジョンで採掘される『魔鉱』は重要な資源であり、『遺物【オーパーツ】』と呼ばれる様々な道具は高値で取引されていた。
だが、高濃度の魔力が漂うダンジョンには『魔物』という恐ろしい番人達が潜んでいる。
魔物にとって侵入者は外敵であり餌だ。
何も知らない一般人がダンジョンに誤って足を踏み入れれば、たちまち彼等の餌になってしまうだろう。
そうした危険を恐れず、排除し、一攫千金を目指す者達がハンターである。
でも、私はだって命は惜しいし、弟妹にご飯を食べさせられる程度のお金を稼ぐつもりで一攫千金なんて狙っていなかった。
有力なハンター達についていき、E級補助魔法ハンターとして少しのおこぼれをもらうぐらいでよかったのに。
これまでの経緯や絶体絶命の現状に考えを巡らせると、悔しくて悲しくて目尻に涙が浮かんでくる。
泣いたって何も解決しないのに。
「あ……⁉」
走っていたら足下の石につまずき、盛大に転んでしまった。全身に衝撃が走り、激しい痛みに襲われる。
悔しさから杖を力のかぎり握りしめ、ゆっくりと立ち上がった私は我慢できずに怒りを吐き捨てた。
「……ざけんじゃないわよ。あのクソS級ハンター達、絶対に許さないわ」
しかし、背後から呻き声が聞こえ、すぐにハッとした。
見やれば、さっきよりもゾンビ達の数が明らかに増えている。
あんな数のゾンビに捕まったら、私は生きたまま、たちまち食い尽くされてしまう。
そんな死に方、冗談じゃない。
「アウラとレイチェルと約束したのよ、必ず帰るって。それに『あいつら』と私をこんなところに置き去りにしたS級ハンターどもに鉄槌を下すまで、死んで堪るもんですか」
『面白い叫びだ。ならば私のところまで逃げてくるがいい』
「え……?」
頭の中で急に聞こえてきた声に目を瞬き、周囲を見渡した。
でも、目に飛び込んでくる光景はおどろおどろしく夥しい墓石、骸骨を模した不気味な塔、骨の山だけ。
「……いよいよ幻聴まで聞こえてきたのかしら」
『幻聴ではないぞ。道標をくれてやる。助かりたければここまでやってくることだ。しかし、途中で死ねばそれまでだがな。クッククク……』
絶望のあまり耳を塞いだ瞬間、とても性格の悪そうな声が聞こえてきた。
どうやら魔法による念話か何かのようだ。
しかし、誰であろうと、この場を生き延びるためにはこの声に縋るしかない。
「だ、誰かは知りませんが、もし近くにいるのであれば笑ってないで助けてください」
『言っただろう。道標はくれてやるが、それだけだ』
失礼の無いよう敬語で助けを求めたが、返ってきたのは冷たく突き放すような言葉だった。
すると間もなく、杖の光が道標のように伸びていく。
この道を進め、ということだろうか。
『死にたくなければ、何とか逃げ切るんだな。会えることを楽しみにしているぞ。クッククク……』
「え、ちょ、ちょっと待ってください」
声を荒らげて何度も叫んでみるが、返事はない。どうやら本当に道標しかくれなかったようだ。
「もう、どうして私の周りには、まともな奴がいないのよぉおお。どいつもこいつも呪ってやるわ、絶対にこの杖で脳天に鉄槌を下してやる」
私は心から叫ぶと、渾身の力を振り絞って光が指し示す方向へと駆けだした。
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