第13話 女神様と弁当の約束

「すごい。傷が治っていく……」


「どうだ? 違和感とか吐き気とかないか?」


「大丈夫です」


 自分の頬に手を当てる有城。

 緑の閃光に包まれた傷口は、あっという間に塞がっていった。

 回復ポーションを使わずに傷が治っていくさまを体感して、有城は動揺したように目を泳がせていた。


「……どうやったんですか?」


治療ヒールは元々使えたんだ。特に練習とかはしてないよ」


 傷が治ったことを確認した俺は、ダンジョンの入口方面へと歩き出した。

 壁に付いた松明の光が、ゆらゆらと蠢いている。


「嘘ですよね。ふつう、回復系スキルは自分にしか使えませんよ。他人にも施せるなんて……1級レベルのスキルじゃないですか?」


 俺のあとを追いながら、有城が執拗に尋ねてくる。


 ——めんどいな。


 あんまり自分のことを言及されるのは好きじゃない。

 俺は、あしらうように答えた。


「たまたまだよ。偶然、ヒールだけは上手に使えたんだ。有城のほうが冒険者の実力としては段違いさ」


「怪しいですねぇ……」


 ジト目を向ける有城。

 気の利いた返しを思いつかなかった俺は、話の流れを変えることにした。


「そういえば、回復ポーションは何個持ってんだ?」


「不測の事態に備えるために、常に三個は常備してますよ」


「三個か……。結構、高いだろ」


「はい。正直、きついです。もっと私が強くなって、回復ポーションを使わなくても良い冒険者になれれば良いのですが……」


 回復ポーションにも様々な種類があるため一概には言えないが、最低でも10万円はかかるだろう。

 金のために冒険者活動をしているのに、回復ポーションに金を持ってかれるのは本末転倒だな。

 ……やっぱり、冒険者活動なんてするもんじゃない。


「だったら、なおさら第七ダンジョンへの挑戦はおすすめできないな」


「ですよね。やっぱり、私じゃダメなんでしょうか?」


「俺に訊かれてもな……」


「すみません」


 有城は、申し訳なさそうに頭を下げた。


 しばらく歩くと、ダンジョンの入口が見えてきた。

 まだ一匹しか狩れていないが、俺としては充分な戦跡だった。


「俺、帰るわ」


「もう帰るんですか? 入って間もないですよね?」


「あくまで暇つぶしだからな。有城とも会えたし、充分楽しかったよ」


「そう、ですか」


 目を伏せた有城の頬が、果実の表面のようにほのかに赤くなる。


 ……かわいいな。


 もう少しだけ残って有城と一緒に居ようかとも思ったが、残る口実を思いつけなかった。

 俺みたいな人間は、口実を作れないと行動できない。

 特に、学園の女神様とも称される人間の隣に立つには——。


「今日はありがとうございました。前回に続いて、今回も助けて頂きました」


「俺は何もしてないよ」


「もしよかったら……また、お弁当を作ってきてもいいですか?」


 願ってもない幸運だ。

 有城の作る弁当は、市販のおにぎりや購買のパンよりもはるかにクオリティが高い。

 ふたたび、あの卓越した弁当を食べられるなら……俺としては大歓迎だ。


「平気なのか? 食費とか?」


「回復ポーションに比べたら雲泥の差ですよ。食事ぐらい奢らせてください」


 そのように話す有城の表情は、とても柔らかかった。

 有城の顔を見てるだけで、頬が緩んでしまいそうだ。

 もしかしたら俺は、有城との交流に居心地の良さを感じ始めているのかもしれない。


「そうか。じゃあよろしくな」


 俺はそう言って踵を返した。

 久しぶりにダンジョンに行くのも、悪くないなって思えた。



*    *    *


 ダンジョンから戻ると、受付の三嶋さんが出迎えてくれた。


「早かったですね。お疲れさまでした」


「ありがとう。加賀さんはいる?」


「加賀さんは帰られましたよ。定時過ぎなので」


「加賀さんらしいな」


 語尾にハートマークを付けたがる加賀さんは、定時になるとすぐに職場を出るタイプの人間だ。

 挨拶でもしようかと思ったが、合コンや何とやらで忙しいのだろう。

 また会ったときに挨拶しよう。


「モンスターは狩れましたか?」


「スネークマンシャドウを一匹だけ」


「スネークマンシャドウ?!」


 俺が答えると、三嶋は驚いたように声を荒げた。


「一人で狩ったんですか?」


「そうだけど……?」


「お怪我はありませんか?」


「ないけど……?」


 質問に答えるたびに、三嶋さんの表情が崩れていく。


「そこまで驚くほどじゃないと思うんだけど?」


「あぁっいや……すみませんでした。私、最近になってこちらのダンジョンに配属された者でして、以前は5級ダンジョンを担当していたんです。だから次元が違い過ぎて、少々取り乱してしまいました」


「あぁ……そういうことね」


 点線がつながったような感覚だった。

 スネークマンシャドウを単騎で狩るのは、なにも珍しいことじゃない。

 おそらく有城も一人で倒せるだろう。

 2級レベルの冒険者になると、スネークマンシャドウを一人で狩るなんて朝飯前になってくる。

 でも5級ダンジョンの受付を務めていた人からしたら、驚愕の世界だろう。


「三嶋さんもすぐに慣れるよ」


「そうですかね」


 ダンジョンに入るまえは俺に向かって怪訝な表情を見せていた三嶋さんも、すっかり人間らしい顔を浮かべるようになっていた。


 ……新人さんか。


 そう思ったら、眼前の女性に対して親近感のようなものを覚えることができた。誰だって、初めのころは価値観のギャップに戸惑うものである。

 義務教育を受けてこなかった俺も、海王高校に入ったときは、かなり苦戦した。

 その状態から、学校一の美少女と友達になれるとは……人生、何が起きるか分からねぇーな。







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