「二駅で降りるので」

灰崎凛音

"Have a good one!"

 最初に言っておくが俺は見た目が派手だ。

 背は平均より低いが、その分頭頂部はスパイキーにしてるし、ツーブロも3mmがデフォ、一時期はバリアートで有刺鉄線の柄を入れていたこともある。形だけじゃない。色も相当遊んだ。緑、銀、金、紫、白に近い青、ピンク、前だけ茶髪で後ろが黒、あとブラックジャックに憧れて白と黒を混ぜたこともあったな。

 現在は表面が黒で、インナーカラーがレッドとシルバー。もちろんエクステなんかじゃなくて地毛だ。

 で、服装。二十代半ばくらいまでは典型的なパンクスだった。穴が空いてたり破れていたりする服を着用し、安全ピンいっぱいのシャツの上からライダース・ジャケットを羽織ってボトムスはダメージドっていうかむしろクラッシュに近いデニム、ウォレットチェーンは二連。靴はジョージ・コックスのラバーソウルだろ、普通に。

 三十を過ぎた頃には少しゴシックの要素に惹かれはじめて、少しずつ黒基調になったり、退廃的な雰囲気の服も着るようになったが、いずれにせよ『フツーのオトナ』からすりゃ浮いてるんだろう。



 俺が発病したのは二十歳になる直前のことだった。

 外見には全く変化のない難病だった。

 幸い薬物治療で現状維持はできる類だったが、その代わり、薬の副作用で歩行に支障が出始めた。

 だから俺はヘルプマークを貰った。

 電車内などで席を譲ってもらうためだ。


 だが、繰り返すが俺の病気は見た目には全く反映されない。一応、見えない障害があるというステイトメントであるキーホルダーは身につけていたが、知名度が低かった。

 一度、電車内で優先席に座っていたら、ランドセルを背負った男児がやってきて、


「そこはお年寄りとか、身体が悪い人のための席ですううううう!」


 と大声で喚いたので、俺は撤退せざるをえなかった。その次の駅で降りてトイレに入ると、すぐさま嘔吐した。


 またある時は、俺が混み合った電車内で優先席に座っていると、ゲホンゴホンと咳払いが聞こえた。風邪をうつされたら大変だと思って俯くと、今度は舌打ちが鼓膜を叩いた。

——今のは俺に対しての舌打ちか?

 いや、被害妄想だろう、たまたまタイミング的にそう聞こえただけだろう。そう信じて胸元を撫でていると、靴を踏まれた。別に電車が揺れていないのにだ。これは明らかに故意のものだ、馬鹿な俺にも理解できた。

 俺が視線を上げると、中肉中背で白髪交じりの六十代くらいの男性が、目を逸らせたまま再び咳払いをした。同じ声だった。

——ああ、そうか。

 俺は理解した。俺はふらつきながらも立ち上がり、目眩に襲われながらも優先席から離れた。すぐさま俺の靴を踏んだ男がどすんと着座した。彼はとても健康そうに見えた。


 障害者はお洒落すらするなってか?

 もし俺の髪が黒で、地味な服を着ていて、顔色が真っ青で、手足をぶるぶると震わせていたら、同じことが起きただろうか?


 ふざけやがって。



 人間は単純な生き物だ。可視化されれば、分かり易ければ、手のひら返しの速度は急上昇する。

 いよいよ歩行が、正確にはまっすぐに歩くことが困難になった俺に、主治医が杖の使用を提案してきた。俺は木製の、赤みがかったものを買い、外出の際は必ず持ち歩き、ヘルプマークも見えやすい所に装着した。


 世界が変わった。


 たかが杖一本で、俺がふらふらと乗車すると、皆が席を譲ってくれるようになった。もちろん、本当に身体が悪かったり、妊婦さんだったり、ただ座っていたい方々は別だが、たかが木の棒一本で、皆が態度を一変させた。


 それはそれで阿呆らしかった。


 ◆


 遠方の病院からの帰り、俺はメトロの某ラインに乗り込んだ。帰宅ラッシュが始まりかけていたが、二駅で乗り換えなので座るつもりはなかったから、優先席の脇のバーを握って立っていた。電車が発車する。


 その時だった。


 ひとりの黒髪ロングの女性が立ち上がり、席を譲る、といったジェスチャーをしてきた。他の乗客はスマホに夢中だ。俺は思わず、


「ありがとうございます、でもあと二駅で降りるので——」


 と言ったが、その女性は困った顔をして、


「Oh...ニホンゴ……」


 と眉をハの字にした。

 俺は思い切って聞いてみた。


「Do you speak English?」


 すると彼女はぱっとを顔を上げ、「Yes!」と返してきた。


『二駅で降りるんです。僕は立ったり座ったりする方がしんどいので、立ちっぱなしで大丈夫ですよ。ご親切にありがとうございます』

『そうなんですね! こちらこそ失礼しました、日本のルールが分かってなくて……』

『分かっていても譲ってくれない人も多いですよ』


 そうこうしている内に、二駅目に着いた。


『あ、じゃあ僕はここで。貴方は親切ですね。Have a good one良い時を!』

You too貴方もね!』


 何故だろう、杖を突きながら下車して階段ではなくエレベーターに向かう足取りは、少し軽かった。


                         (了)

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「二駅で降りるので」 灰崎凛音 @Rin_Sangrail

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