グリモワールの星細工師 ~ 可愛い仔ドラゴンを拾ったので、一緒に楽しくモノづくりいたします
古森真朝
第1話:遠き山に星は降り①
詩のない歌、連なるメロディ。聞いたことがないはずなのに、何故かどこかが懐かしい。
寄る辺のない、それ以上辿れもしない。そんな記憶の、ほんの一欠けらを、ずっとずっと抱えている。
「そこのあなた、ミス・ロビン? だったかしら。わたくしの代わりに、毛糸でタワシを編みなさい!!」
「…………、はい??」
突如かっ飛んで来た、意味不明な命令。出し抜けに言われた側が、理解するのに時間がかかっても致し方ないのではなかろうか。
実際、言いつけられたロビンはそうなった。淡い
がしかし、相手はその間が気に障ったらしい。鮮やかな濃い金髪の下で、元々切れ長の蒼い瞳がぎりっ!! とばかりに吊り上がった。
「ちょっと、返事が遅くってよ!? 平民が貴族の手を煩わせるなんて身の程知らずなっ」
「はあ、すみません……でもあの、ミス・クローディア」
「口答えまでする気!? 羊毛の毛糸なんて手荒れの元ですわ、侯爵家令嬢が触るものじゃなくってよ!!」
「いえ、そうじゃなくて。ミス・クローディアもシスター見習い、つまり出家されてますよね? じゃあ世俗の身分って、もう捨てたことになるんじゃ」
「う゛。」
いたって率直に指摘してみたところ、相手は絞められかけたニワトリみたいな呻き声と共に沈黙した。ああ、やっぱり忘れてたんだ、この人。
(まあ、しょうがないか。ここに限らず、あんまり若い人が来ないとこらしいもんなぁ。修道院って)
固まるクローディアからそっと視線を外して、近くの窓に向けてみる。春先らしいうららかな陽光の元、裏手に迫る森の木々が風にそよいでいるのが分かった。
ここグリモワール王国で、神々を祀った教会や神殿に別の施設――孤児院やら修道院やらが付属しているのは、決して珍しいことではない。前者は親のない子どもが、後者は縁者に死別するなどして、信仰の道に入った女性たちが所属している。
そんな中の一つが、ロビンたちがいる聖グロリオーサ修道院だ。東側の国境近い山間に位置し、歴史は古いが規模は小ぢんまりとしていて、常日頃は人里との行き来もほとんどない。今いるのは修行を兼ねて自給自足で生活している修道女たちと、その見習いだけ。
長閑といえば聞こえは良いが、要するに僻地だし、便利で快適とは言い難い。物心ついてからずっといるロビンはともかく、突然やって来たお嬢様たちが馴染めないのは当然だ。
(それにクローディアさん、多分わたしよりちょっと年上なだけだし……貴族のひとなら、ちょうどお嫁に行くくらいだよね)
ロビンには知る由もないが、相当複雑な事情があったに違いない。若くして俗世を捨てざるを得なくなって、いきなりこんなところに連れて来られたら、そりゃあ寂しいわ不安だわで気持ちもささくれ立つはずだ。なんだか大分気の毒になってきた。
「ええっと、タワシ? は、多分来月のチャリティーに出す分ですよね? 大丈夫です、手芸が得意なシスター・セシリアは教え方が上手だし、慣れればガンガン編めますし、あとで手荒れ用の軟膏ももらえますから! がんばりましょう、ねっ」
「な、な、な、な……っっ!!!」
「――何事です。騒々しい」
「「あ。」」
既にちょっと荒れている手を取って真面目に励ましていたら、再び別の声が投げかけられる。揃って振り返った先に、背筋をぴんと伸ばして立つ姿を見とめて、ロビンはぱっと顔を明るくした。
「院長先生、おはようございます!」
「ええ、おはよう。ところでミス・ロビン、裏庭のお掃除当番はどうしました? 日が高い内に手を付けなければ終わりませんよ」
きちんと挨拶してくれつつ、きびきびした口調で指摘してくる相手は、修道女としての最高位を表す淡い藤色のベールにローブ姿。首から下げた水晶のロザリオが、朝の陽射しにきらきらして綺麗だ。凛とした面差しと雰囲気を持つこの人によく似合うなぁ、と思いつつ、ロビンは急いで姿勢を正した。
「はいっ、すみません!! ミス・クローディアが心配なことがあるようだったので、相談に乗ってました!!」
「はあ!? ちょっとあなた、なに勝手なこと……!!」
「……ミス・クローディア。貴女には
「えっ」
「う゛うっ!?」
無言行といえば、文字通り一切の発言を禁じる修業だ。どうやらそれも忘れていたらしいクローディアが派手に呻き、院長の目がすうっと細くなった。
「思い出したようですね。今すぐ居室に戻って、首から掛けていらっしゃい。その足で真っすぐ、中央談話室のシスター・セシリアの元まで行くように。よろしいですね?」
「……は、はい……っ」
「さあ二人とも、時は神々が与えたもうた有限の資源です。行動は素早く!」
「はあい!!」
ぱん! と両手を打っての号令に、一礼ののち元気よく移動を開始する。すれ違いざまにクローディアからすごい目で睨まれたが、こればっかりはどうしようもない。
(だってクローディアさん、お庭の手入れとかやったことなさそうだし! わたしと仕事の交換するより、毛糸と戦う方が絶対楽ですよー!!)
多分きっと、その辺の経験値も織り込んで決まった割り当てなので、ここは素直にタワシ作りをした方が良い。
こっそりごめんね、と手を合わせながら、ロビンは駆け足禁止の建物内を、可能な限りの早歩きで進んでいった。
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