第4話 巴御前とテッド・バンディ
「止めろオオオ! クソっ、卑怯者め!! 地獄に落としてやる!」
美しい女性が黒い髪を脂汗で湿らせ、顔中にへばりつかせている。
「トモエ! 僕はね……初めから君だけを狙っていたんだ。さあ、神の元へ一緒に行こう。僕の股間についているエクスカリバーで一緒に昇天しようよ! 君は神秘的な程に美しい、おでこを出しててキュート過ぎるよ! 君の……なんというか、元恋人かな? そいつを殺してしまっていて残念だ……いや、申し訳ない。君を聖剣エクスカリバーで貫いて、さらに神に近づく所を、そこでナイフで串刺しになってる彼に見せてあげたかったんだ……いや、気の毒なことをしたね」
聞いているだけでも吐き気のする台詞を述べる男。
白人で茶髪で、一見すると美形だが、その眼は死神のような不気味な光を灯している。
亮也は心臓の怒りを止めるので精一杯だった。
「……あれは完成された殺人鬼だ…先刻のオキタという剣士よりも恐怖感は上だ」
「ジャンヌさん……俺は知っているんです。史上最悪のシリアルキラー、テッド・バンディです」
二人は洞窟の曲がり角から、ガラス片を鏡代わりに利用しながら敵の動向を探っていた。
「少なくとも30人は殺した殺人鬼……ところが、奴はペテンの天才でなんと容疑がかかっている状態でテレビ出演し、人気も出ていたんです……最終的には処刑されましたが……」
「テレビというのは知らないが……そんな猟奇犯が、人気者に?」
二人は小声で話し続ける。
「僕の時代は何故かそうでした。メディアとか表現の自由とかそういうものが大手を振るっていて……僕の国でも、ただの殺人犯が自伝本のようなものを出してお金を稼いでいたり……」
「どういう時代なのだ? いくら文明が発達しても、そこまでみんなが駄目になっていたら意味はないだろう?」
「はい……」
亮也は少し視線を逸らした。
どうもこのラ・ピュセルの英雄と話していると、気後れを感じてしまう。
「しかし、そんなテッド・バンディが相手でも、隠れてアガサ殿の力を借りないといけないというのは情けない事だ」
悔し気に言うジャンヌの言う通り、巴御前を嬲ろうとするテッド・バンディの隣には、かなり屈強な男が二人、それぞれ斧や槍のような武器を持っている。
(こちらは戦力は要するに二人だ)
亮也はそう考える。
アガサの火炎放射器はあくまでスプレー缶を使ったもので、一瞬ひるませるような使い道しかないだろう。
「あれは日本の巴御前か? 薙刀や弓の名人だという、助ければ頼もしい戦力だな。少し待っていたまえ」
普段通り、自信や余裕に溢れたアガサはそう言うと亮也たちがいる所とは反対方向へと歩いていった。
「アガサ殿は大丈夫だろうか? 頭脳明晰なのは分かるんだが、どうも何処かゲームでも楽しんでいるような雰囲気を感じる」
ジャンヌの言う事も頷ける。
「けれど、敵から逃げる人ではない……それは間違いないと思います」
亮也はそう言った。
「あれれ? いやはや、道に迷ってしまってねえ。ねえ、君たち。そこの君たちだ。何やら騒いでいるようだが、私を道案内してくれれば100ポンドは支払うぞ」
アガサののんびりとした声が、ちょうどテッド・バンディと巴を挟んで反対側から聞こえてくる。
「なんだね、君は? 君も参加したいのなら、もう少し後でたあっぷり楽しんであげるよ? もちろん私のやり方でね」
紳士風の男が言った。
「いや、私にはそんな楽しむとかいう余裕はないんだ。ええと、君は?」
「ジャックだ。世間では”ジャック・ザ・リッパー”などと呼ばれているが、失礼なことだ! 私はただ切り裂いたりしているのではない! 女性の臓物を、神への供物として捧げているのだ!」
「ほお! これは面白い! 君は英国で最大の殺人鬼だ! いや、私の時代でもねえ、君はある意味で有名人なんだよ。一体、正体は何処の誰なんだろうかってね」
靴音を響かせながらアガサは影から姿を出した。
「ほう? 少し廃れているが、なかなかお洒落な美人さんじゃないか。これなら、私達の宴に参加するに十分だ。君の十二指腸と虫垂は、非常に美しい赤だろうねえ」
ジャックは極めて残忍な台詞を言っている。
「いやいや、そんな物騒な事はゴメン被るよ。さてと、煙草は……おお、最後の一本があった! 奇跡だ!」
アガサは懐をまさぐり、中央の殺人鬼たちは少したじろいでいるが、同時に憤怒の気配がある。
アガサのマイペースっぷりは誰をも巻き込むが、かといって快楽殺人鬼の欲望を止めれるものでもないだろう。
亮也は額から汗を浮かべていた。
(リョウヤ、何があっても冷静でいろ)
(私の合図を待つんだ……そうでないなら、みんなが奴らの餌食になるだけだ)
(巴御前とその兵士が、何故こうも簡単に捉えられているのか、その理由をよく考えるんだ)
アガサの事前の台詞を思い出す。
「おっ、いい火付け道具があったよ。なあ、見てくれ」
アガサが懐から取り出した道具に、テッド・バンディは
「お前、なんだそれは……? 俺の時代から来たのか……?」
と呻く。
アガサがコートのポケットから火のついた棒を取り出した。
「クソ眼鏡ビッチが!」
テッド・バンディは襲い掛かる。
スプレー缶と火の棒、近代の人間なら次に何が起きるかは想像がつく。
アガサは後ろにステップを踏み、スプレー缶をバンディに向ける。
しかし、バンディは意外な素早さでスプレー缶を叩き落す。
「このビッチ……うっ、ぐううっ!」
バンディは咳き込みながら目元を抑えてうずくまる。
「ようやく、効いてきたかね?」
それは黒い煙だった。
アガサは帽子を深めに被り、コートで顔のほとんどを覆っている。
煙はバンディやジャックに襲い掛かる。
一酸化炭素。
世界で最古の猛毒だ。
アガサは洞窟の先の隣で焚火を起こし、一酸化炭素の煙ができるのを待っていたのだ。
「今だ! リョウヤ! ジャンヌ!」
アガサが叫ぶと同時に、ジャンヌは
「貴様らを倒す理由に、神の名など必要ない! 人間として叩き伏せてやる!!」
ジャンヌは気高く叫んだ。
4×4でダンジョンだ! スヒロン @yaheikun333
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