4×4でダンジョンだ!

スヒロン

第1話 ジャンヌと沖田総司とアガサクリスティと俺と

「立つのです、リョウヤ! そして戦って殺すのです!」

 黄金の髪の剣士は長剣ロングソードと盾を構えながら、斧を持った男と命のやり取りをしている。

 俺は、源亮也。

 今、黄金の髪を血と汗に濡らした剣士から「立て、リョウヤ!」と怒鳴られ、それからその通りにしていなければ、もうあの世行きだったな、と考えながら眼前に迫る、憂いの剣客と対峙していた。

 俺の持つ木刀は、敵の刀を受けるたびにちくわのように斬れて、もう元の半分の長さもない。

 俺は肩からそれなりに血を流し、そしてその辺で転がっている醜悪な顔のゴブリンどもも全部、この美少年剣客がやったものだが、その青い着物は返り血を吸っていない。


「いや、凄いねアンタ。えっと、沖田総司さんかな?」

 俺は問いかけた。

 奴の表情がピクリと動いた。

「何故、その名前を?」

 沖田は少し興味があるようだ。

「そりゃあ、あの新選組だ! 一番の凄腕の沖田さんを知らないはずがない! 俺は新選組の大ファンでね!」

 俺は少々ウソをついた。

 幕末のヒーローと名高い新選組は、今の史実ではやっていた事は集団で一人を取り囲んでの私刑リンチばかりで、実は特に理想や思想もなく、ならずものを集めたテロリストの武装集団だったのだ。

 だが『昔は新選組のファンだった』というのは事実だ。


「嘘はついていないが、真実も言ってない……何か、そういう感じの台詞だね、君」

 沖田は図星をついてきた。

(当たり前だろう。お前は、途中で芹沢鴨に心酔して仲間の近藤や土方を裏切ろうとしてたし、最期は木の上の猫を斬ろうとして病で死んだっていう、剣の腕以外は情けねえ野郎なんだから)

 俺はなんとか笑顔を作りながら、心中を隠した。


「沖田さんは、面白くてユニークだなあ」

 俺は薄暗い洞窟の中で、一歩後に下がった。

 沖田の背後では、ジャンヌと大男の斧戦士の決着がつこうとしている。

 当然、大男の斧戦士の勝利で。

 ジャンヌはもう、盾で大斧を防ぐだけで手いっぱいだが、そもそも女と男ではいくら鍛えても身体能力の差が大きい。

「僕が、面白い?」

 音もなく、歩方で詰めてくる。

「ええ、沖田さん……『新選組』とかカッコつけて、基本的に4対1で嬲り殺しにしているだけのアホ集団なのに、英雄気取りで面白い集団だなあって」

 台詞を言い終わる前に、沖田は眼を怒りに染めて突進してきた。

 俺は、半分だけ残った木刀を奴の足元に投げつける!

 沖田は驚いた様子もなく、飛び上がって躱す。

(ここだ!)

 俺は、地面に落ちていた棍棒を拾いあげて、飛び上がっている沖田に殺到する。

 ここしか勝算はない!

 空中なら刀で受けるしかないが、棘付きの重たい棍棒なら、折ることもできる!

 勢いを上手く逸らすなら、そのまま胴体タックルで馬乗りだ!

 江戸時代の男の平均身長は157㎝とされ、沖田はさらに小柄な方だ。

 身長172㎝で、丁度平均身長の俺だが沖田からするととんでもない巨漢だ。

 棍棒を空中の沖田の脳天に叩きつけた!

 くるん。

 沖田はどういう理屈か、空中で猫のように身を翻して躱した!

 俺の棍棒は地面を打つ。

 沖田の刀が、俺の首に迫る。

「リョウヤ!」

 人生の最期が、ジャンヌ・ダルクが俺の名を呼ぶ声で良かっ・・・・

「よし、完成だぞ!」

 少し高い女性の声、そして”火炎”が沖田の着物に吹き付けられる。

「!? なんだ?」

 沖田はいきなりの横からの火炎と、自分の着物が燃えている事に驚愕しているようだ。

 その沖田の背中に、ジャンヌが投げた盾が迫る。ジャンヌの横には大斧の戦士が首から血を吹きだしながら倒れている。

「!」 

 沖田は背後から投げられた盾も、宙返りして躱す。

「てめえは、猫か!? じゃあ、最期に猫斬ろうとしてんじゃねえ!!」

 俺は棍棒を横なぎに振る。

 宙返りしている沖田に対し、横なぎの一撃だ。これを躱せるはずがない!


 沖田は、長めの棍棒を刀の柄の部分で受け止めて、その勢いを利用して洞窟の壁に飛んで行った。

「くっ! なんなんだよ、てめえは! 人間辞めてんのか!? ジョジョの天敵かよ!」

 俺は呻いていた。

 沖田はなんとそのまま、壁に足をつけて走っていったのだ。


「ヌン!」

 ジャンヌは、その沖田に長剣を振るう。

 しかし、なんの問題もないように、沖田はそのまま駆け抜けていった。

 俺はしばらく、恐怖と興奮で動けない。


「いや、見事に追い払ったねえ。私の推理では、あの沖田という剣士は常人離れした身体能力と剣の技で、壁に張り付いたまま駆け足で逃げた。私がスプレー缶と、必死でこさえた”火の棒”で即席の火炎放射器を作っていなければ、どうなっていたことか・・・私のような天才でも身体能力バカには困るものなんだ」

 アガサはそう言った。

「アガサさん……ずっと隠れて、火を起こしてたんですか?」

 俺は少し責めるような口調だが、

「もちろんだ。非力な私なんぞ、その辺で普通に死んでるゴブリンにも勝てないだろう。タイプライターより重いモノを持ったことが無いんだ、私は」

 推理作家の巨匠、アガサ・クリスティは何故か自慢げだ。

 だが、アガサの火炎放射器がなければ全滅していたのも確かだ。


「リョウヤ、アガサさん! 見事な戦いでした! 信念と努力で超えられない壁なんか無い!」

 ジャンヌは返り血を浴びても尚、美しい黄金の髪を少し左右に振った。


「ジャンヌ……さん、凄いですね。あんな巨漢を」

 俺は言った。

 いくら鍛えていても女と男では元々のフィジカル差が大きいものだ。

「あれくらい、革命軍の時の戦争でいくらでもいました! 私は、アレクサンドリアのカトリナの幻に導かれ、フランスの混乱を静謐に返すために生まれたのです! 最も腕力だけでは敵いませんから、盾を駆使し、奴が疲れ果てるのを待っていたのです!」


 ううむ、どうも本物のジャンヌ・ダルクのようだ。

 逢った時は、ジャンヌに憧れて、そのコスプレをしてるのかと思ったがそうじゃないらしい。

 ジャンヌ・ダルクというと『神の声を聴いた」と平民の娘が突如、軍を率いてイングランド軍に包囲されたオルレアンという地方を解放して救ったことで有名だ。

 また、後の歴史家の研究で「救世主の”旗”としての役割だけでなく、実際に戦術家としても優秀だった」という事も明らかになっている。


「ぐるぎゃ! ギャアアアアア!!!」

 おぞましい叫びが沖田が去っていったのとは反対側から聞こえてきた。

「ガルムるる!」

「ぐぎゃっ、きゃすたすた!」

 血の匂いに恋をした、醜悪なゴブリンの群れ、その数は十を超える。

「逃げるが勝ちだ!」

 アガサの台詞通り、俺たち三人は一斉に走っていった。


「疲弊した今の状況では無理だ、逃げるとしよう!」

 アガサは灰色のコートをまくしあげて、駆け出して行った

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