第27話「脚本はリアルに」
「うーん……なんか、違うんだよなぁ」
映画制作会議で配られた脚本案を読み終えた教室の空気は、微妙な沈黙に包まれていた。
「るなの書いた台詞、めっちゃ綺麗なんだけど……綺麗すぎるっていうか……」
「リアルな感じじゃないってこと?」
「そう。なんか、“青春ドラマのセリフです!”って感じでさ……ちょっと照れくさいというか」
作者である桐原るなが、バインダーを抱えながら不満げに口をすぼめる。
「えぇ〜! 頑張って書いたんだけどな……」
玲央が、後方の壁際で腕を組みながら一歩前へ出る。
「演出目線で言えば、演者の感情と脚本がズレてると、観客にも違和感が伝わる。それが“綺麗すぎる”って印象になるかもな」
「う……玲央さんに言われると、グサッとくる……」
「……私、ちょっと提案してもいい?」
そう声を上げたのは、教室の隅にいた朝野結だった。
周囲が静かになる。
「この映画、せっかく“リアルな青春”がテーマなんだから、脚本も“リアル”にこだわりたいと思ってて……。そこで、クラスのみんなに“忘れられない青春の1ページ”をアンケート形式で集めて、それをもとに脚本を再構成するっていうのはどうかな?」
「うわ、それめっちゃいいじゃん!」
「自分のエピソードが映画に使われるかもしれないって、ワクワクする!」
るなが目を丸くしたまま、ぱっと表情を和らげる。
「……なんか悔しいけど、その案、最高かも」
「一緒にやろ。るなちゃんの構成力はすごいんだし。私はリアルな感情を拾って、役者としても脚本チームとしても関わりたい」
「うん。ありがとう、結月ちゃん」
自然と笑い合ったふたりの間に、あたたかい空気が流れた。
数日後。
校内には「青春アンケート」が配られ、昼休みのあちこちで話題になっていた。
『部活帰りの雨の帰り道』
『初めての失恋』
『親友と喧嘩したあとの無言の帰り道』
『なんでもない放課後のコンビニ立ち寄り』……
集まったエピソードは、華やかじゃないけれど、妙に胸に刺さるものばかりだった。
(……これが、私の知らない“普通の高校生”の景色)
結月はそれをひとつひとつ丁寧に読みながら、心に焼きつけていった。
放課後の教室。
窓際で、ノートにまとめたエピソードの一覧を見ながら、るなとほのかと向かい合う。
「この『コンビニで肉まん買って、一口もらった』ってやつ、地味に好きだな〜」
「わかる! “誰かと分け合う”って、なんか青春ぽい」
「この『図書室の机に二人で肘ついてうとうとした』も、静かなのにグッとくるよね」
「みんな、すごい宝物持ってたんだね……」
結月がぽつりとつぶやく。
「私、高校に来るまで、こういうエピソードひとつも知らなかった。
でも、今こうして、みんなからもらった思い出を、自分の中に吸い込んでる気がしてる」
「……結月さん、そういうところ、本当に役者さんだなって思う」
ほのかがまっすぐな目でそう言った。
「でも今は、“演じるために吸収してる”っていうより、“ただ触れてみたい”って思ってるの」
「……それが、リアルだよね」
るなが笑って、そっと手を差し出す。
「一緒に、いい作品にしよう」
「うん」
結月も手を重ね、さらにほのかも手を重ねる。
三人の手が重なったその瞬間——“共演者”ではなく、“親友”としての空気が、そこにあった。
その夜、玲央はひとり職員室の隅で、ノートパソコンを開いていた。
再生していたのは、彼がこれまで隠し撮りしていた、クラスの日常の映像。
休み時間の何気ない会話。
部活終わりの疲れた笑顔。
渡り廊下を並んで歩く姿。
バスケのゴール前で、悔しそうに笑う結月の表情。
——演技じゃない、生の一瞬。
「これだよ、俺が撮りたかったのは……」
その映像素材は、脚本の補完だけでなく、映画の“裏の主役”になる可能性を秘めていた。
翌朝。
制作チーム会議の場で、玲央はふいに手元のタブレットを差し出す。
「脚本の補完資料として、これを使ってみないか?」
画面に映るのは、クラスメイトの日常的な一瞬。
そこには作り物ではない“感情”が、確かに映っていた。
「なにこれ……すご……」
「まさかこれ、隠し撮り……?」
「合法です。校内許可取ってるから」
るなも驚きながら、思わず頷いた。
「これ、脚本に入れたい。“台詞にしないリアル”として」
「そうだね。“映画の中のドキュメンタリー”っていう新しい切り口にできる」
結月もその映像に見入っていた。
カメラに映る自分の横顔に、ふと戸惑いのようなものが走る。
(……こんな顔してたんだ、私)
けれど、その表情はどこか——“地味系転校生”ではない、“朝比奈結月”でもない。
“結月自身”の顔だった。
(少しずつ……仮面が外れてきてる)
その日の夜。
結月は、いつものノートにペンを走らせる。
『脚本は、演出のためじゃなくて、誰かの想いの結晶になるべきだ。
誰かのかけがえのない記憶が、わたしの知らない“青春”を教えてくれる。
それに触れられるのが、今の私のいちばんの“演技の糧”。』
その横には、るなとほのかと手を重ねて笑うスケッチ。
三人の笑顔の中に、仮面はなかった。
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