第4話「オーラが消せない問題
昼下がりの体育館に、ボールの弾む音がリズムよく響く。
「よーし、今日はバスケなー。男女混合でチーム分けするぞー!」
体育教師の大声と共に、女子たちから微妙な声が漏れる。
「えー、男子と混ざるの……?」 「うちのクラス、バスケ好きな男子多いからなあ……」
一方、隅っこでそっとジャージの袖を直していたのは、“朝野結”。言わずと知れた元・国民的女優、朝比奈結月。
もちろん今の彼女は、地味で目立たない転校生。存在感を消すことに命を懸けている。
(うん、よし。とにかく空気みたいに過ごす。ボール触らない、走らない、笑わない)
そう心に決めた、その矢先だった。
「朝野さん、こっちのチーム入ってー」
「は、はいっ」
(今の返事、声出しすぎた……!)
苦笑するようにジャージのポケットに手を入れながら、結月はコートの端へと歩く。
試合開始からしばらく。結月は完璧に“モブ”を演じていた。
——が。
「結! こっち、パス出すよ!」
まさかの声が飛ぶ。振り返ると、ほのかがこちらにバスを投げようとしていた。
(えっ、えっ!? ここで!?)
咄嗟に両手を前に出す——
ビシィンッ
綺麗なフォーム、正確なキャッチ。
「ナイッキャーッチ!」
「うまっ……」
それだけでは終わらない。目の前の男子が詰めてきた瞬間、結月の体が勝手に反応する。
ステップ、ドリブル、フェイク——そして軽やかなワンステップシュート。
シュパンッ。
ネットが軽快に揺れる。
「っ……!」
自分がシュートしたのだと気づくのに、数秒かかった。
「……え、うそ、決まったの?」
「え、今の、朝野さん……?」
「フォーム綺麗すぎん!? モデルの運動企画かよ……」
「地味なのに、なんか……かっこよくね?」
コートの空気が一変する。
(やっ、ちまったああああああああ!!)
「結っ! なんで動いたの!?」
試合後、ほのかはロッカー裏で小声絶叫。
「ご、ごめん! とっさに体が……! 演技じゃないの、これ!」
「もう動きが完全に“ドラマ最終回で覚醒するヒロイン”だったから!」
「うわぁぁ、地味キャラ崩壊……」
「しかもあの場面、るなちゃん見てたよ!? ど真ん中で!」
その名前に、結月はビクッと肩を揺らす。
「ふぅん……朝野さんって、運動得意なんだね?」
帰り際、廊下の角で声をかけてきたのは、桐原るな。クラスのマドンナにして、天性の洞察力を持つ少女。
「い、いえ、そんなことは……」
「さっきのバスケ、シュートの瞬間……ね? あれ、ただの“偶然”とは思えなかったな〜」
ニコッと笑いながら、視線だけが鋭く刺さってくる。
「あなた、ただの“地味”じゃないでしょ?」
笑顔で、でもはっきりと。まるで優しい刃物のように言い放つ。
(ひぃぃぃっ……!)
「え、えっと……あの、違うんです、それは、ただ……」
言葉に詰まり、何かを言わなければ、と脳内で警報が鳴る。
——アドリブ発動。
「部屋で、一人で、バスケのモノマネをしてただけです!」
「……え?」
一瞬、時が止まる。
ほのかがすかさず割り込む。
「そ、そうそう! ちょっと変わってる子なの! 一人でスポーツ番組の再現とか、よくやるって言ってたよね〜! ……ねっ?」
「え? うん……うん! そうなの! モノマネが好きで!」
「へぇ……」
るなは少しだけ目を細めた。
「面白いなぁ、朝野さん。なんか、見てて飽きない」
(それって、完全に興味持たれてるやつぅぅぅ!!)
その日の帰り道。
「結、どうするのこれ……完全にるなちゃん、ロックオンモードだよ」
「うぅ……今までの“地味レベル演技”、崩壊してるかも」
「ていうか、モノマネ設定って! もっとマシなアドリブなかったの!?」
「いや、もう思考がショートして……! でも、まさか信じるとは……」
「……信じてる、とは限らないよ?」
ほのかの声が少しだけ低くなる。
「るなちゃんの“面白い”って、“掘り下げたい”って意味かも。あの子、空気読めるようで読まないし、スイッチ入ったら止まらないタイプ……だと思う」
「それ、つまり——」
「……警戒レベル、上げといた方がいいね」
夜。結月の部屋。
自分のノートに、今日の“演技事故”を記録していた。
『体育は地味キャラ最大の難関。体が勝手に動くのは演技ではなく“経験”。次回からは動きそのものを抑える訓練が必要。あと、アドリブはもっとマイルドに』
ページのすみに、ミニバスケットボールのイラストが描かれていた。
(……どうして、私、こんなに不器用なんだろ)
彼女はベッドに転がって、天井を見つめた。
でも。
(だけど、これも“青春”ってやつか)
それは、女優として生きてきた彼女が今、人生で初めてぶつかっている“思い通りにならない物語”。
「次は……もっとちゃんと、モブやる!」
明日に向けて、決意だけはしっかりと。そう、決意だけは。
だがその翌日——
「ねぇねぇ、朝野さん! 今日もバスケモノマネやってよ!」
クラスの男子に、笑顔で囲まれる朝野結の姿があった。
「……なぜ!?」
青春の難しさは、まだまだこれから。
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