第60話:バーチャル喫茶・春風で、もっと遠くへ、春風を。
夜の配信が終わったあとの喫茶春風は、
しんと静まり返っていた。
店内の灯りは落とされ、
カウンターに小さくキャンドルだけが揺れている。
私は、
両手でカップを包みながら、深く息を吐いた。
「……無事、終わったね」
ぽつりとこぼした声に、
あかりちゃんがぱっと顔を輝かせた。
「すっごくよかったですっ!
夜にぴったりの、やさしい配信でしたっ」
花音ちゃんも、ノートをぱたぱたと開きながらうなずく。
「リスナーさんも、すごく癒されたって言ってましたよ」
ユウくんは、カフェオレをすすりながら、
ちょっとにやっと笑った。
「思ったより増えたな。30人超えたんだろ?
最初の夜でそれは、上出来だ」
私は、小さく笑った。
緊張していたけど、
ちゃんと届いたんだ。
ちゃんと、春風が咲いたんだ。
ハルノさんは、
コーヒーカップを手のひらにのせたまま、静かに言った。
「夜の春風は、昼間よりも、ずっと深く心に届く」
「……うん」
私は、
胸の中で、そっと言葉を探した。
配信を終えた今、
一番強く思っていること。
「もっと、遠くまで届けたい」
自分でも驚くくらい、はっきりした気持ちだった。
「今日みたいな夜が、
もっとたくさんの人に届いたらいいなって、思った」
「声だけで、
静かに、でも確かに寄り添えるような、
そんな春風を、もっと──」
言いながら、
自然と拳に力が入っていた。
あかりちゃんは、
そんな私をうれしそうに見つめていた。
「りるむちゃんの春風、絶対もっと広がりますっ!」
花音ちゃんも、ノートに大きく「次への一歩」と書き込んだ。
「次は、告知とかも工夫してみます?
もっとたくさんの人に知ってもらうために!」
ユウくんは、カウンターにもたれて言った。
「チャンスは作るもんだ。待ってても、誰も気づかねえからな」
ハルノさんは、
静かにカップを置いて、
少しだけ微笑んだ。
「種は蒔いた。あとは、どう育てるかだ」
私は、胸いっぱいにうなずいた。
そうだ。
ここまで来たんだ。
まだ遠いけれど、
まだ小さな春風だけれど。
でも、
ちゃんと始まったんだ。
「次の夜の配信、もう決めちゃおうか」
そう言ったとき、
みんなの顔が、ぱっと明るくなった。
喫茶春風のキャンドルの火が、
そっと揺れながら、
夜の静けさのなかでやさしく光っていた。
私は、
その光を胸に抱きしめながら、思った。
──この春風を、必ずもっと遠くへ。
まだ見ぬ誰かの夜にも、
そっと届く春風になれるように。
私は、
また新しい夜に向かって、
一歩、踏み出していく。
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