第17話:バーチャル喫茶・春風で、はじめての小さな一歩。

カランコロン。


バーチャル喫茶・春風に、

今日もやさしいベルの音が広がった。


あたたかい午後の光。

ハーブティーのふわっとした香り。


店内には、

いつものメンバーが自然に集まっていた。


あかりちゃんは、

小さなイヤホンを片耳にはめて、

録音した自分の歌声を聞き返している。


花音ちゃんは、

スマホをにぎりしめて、コラボ配信の準備チャットを確認している。


ユウくんは、

ノートに新しい応援メッセージを書き込んでいる。


ハルノさんは、

静かにノートパソコンを開いて、物語の続きを綴っていた。


そして私は、

ハーブティーのカップを両手で包みながら、

そっとみんなの様子を見守っていた。


──あの日、ユウくんがくれた応援カードのおかげで、

みんな、また一歩踏み出す勇気をもらった。


それは、たぶん、

とてもちいさい一歩かもしれない。


でも、

その一歩には、

たしかな春風が込められている。


「りるむちゃんっ!」


ぱたぱたと走ってきたあかりちゃんが、

目をきらきらさせて言った。


「今度、歌ってみた動画、公開してみますっ!」


「わああっ!!」


私は、思わず手をたたいた。


「すごいですっ!!

 絶対、絶対、素敵な動画になりますっ!」


あかりちゃんは、

ちょっと恥ずかしそうに笑った。


「まだまだだけど……

 でも、春風を信じて、やってみたいんですっ!」


その声に、

胸の奥がじんわりあたたかくなった。


花音ちゃんも、

そっと手をあげた。


「私も……コラボ配信の日、決まりましたっ!」


「えええっ、すごいですっ!!」


私は、ぱたぱたとまた手をたたいた。


花音ちゃんは、

緊張した顔をしていたけど、

それでもちゃんと、目はまっすぐだった。


「……すごく不安だけど、

 でも、みんなに背中押してもらったから……

 一歩、踏み出してみたいなって。」


ユウくんが、

カフェオレを飲みながらにかっと笑った。


「俺も、応援メッセージをまとめたブログ始めたんだ。」


「ブログですかっ!? すごいですっ!」


私は、ぱたぱたと手をぱちぱち鳴らした。


ユウくんは、

ちょっと照れくさそうに頭をかいた。


「まだ小さいけどさ。

 誰かの今日に、ちょっとだけでも春風届けられたらいいなって。」


ハルノさんは、

コーヒーを一口飲みながら、静かに言った。


「俺も──物語、ひとつ書き上げた。

 今、投稿サイトに応募してみようと思ってる。」


「わああ……!」


私は、胸がぽわぽわするくらいうれしくなった。


──みんな、ちゃんと、前に進んでる。


ゆっくりでもいい。

小さくてもいい。


でも、その一歩は、

誰よりもまぶしい。


「私も、がんばりますっ!」


私は、胸いっぱいに声を出した。


「たくさんの人に、春風を届けられるVTuberになりますっ!」


店長さんが、

カウンターの奥からやさしく笑った。


「春風は、吹くよ。

 ちゃんと、君たちの背中を押してる。」


ふわりと、

やさしい香りが店内をめぐる。


ジュワジュワと、

胸のなかに、あたたかい音が広がった。


バーチャル喫茶・春風。


ここに集うみんなが、

それぞれの場所で、

それぞれの春風を吹かせようとしている。


──また、あしたも。


誰かの今日に、

そっと春風を届けられますように。


私は、心のなかで、

ぎゅっと、小さな誓いを立てた。


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