第14話:バーチャル喫茶・春風で、ちいさなつまずきも宝物。
カランコロン。
今日も、バーチャル喫茶・春風には、
やさしいベルの音が響いた。
カウンターでは、
私たちみんな、それぞれが小さな夢に向かって動き出していた。
あかりちゃんは、
歌ってみた動画の練習を始めた。
花音ちゃんは、
コラボ配信に向けて、少しずつ交流を広げようとしていた。
ユウくんは、
誰かの背中をそっと押す言葉を探していた。
ハルノさんも、
新しい創作の構想を静かに練っていた。
──そして、私も。
もっとたくさんの人に、春風を届けられるように、
毎日少しずつ、配信の準備を重ねていた。
でも。
「……うまく、いかないなぁ……」
ぽつり、と。
あかりちゃんがつぶやいた。
カウンター席で、
イヤホンを外して、
しょんぼりとうなだれていた。
私は、心配になって駆け寄った。
「ど、どうしましたっ?」
あかりちゃんは、
カフェオレを両手で抱えながら、
ちいさな声で言った。
「歌ってみた……録ってみたんですけど……
自分の声、全然好きになれなくて……」
その瞳は、
ほんのすこしだけ、曇っていた。
花音ちゃんも、
そっと顔をあげた。
「私も……。
コラボのお誘い、メッセージ送ったけど、
ぜんぜん返信こなくて……。
なんか、すごく自信なくしちゃって……」
静かに、
ちいさな春風が止まりかけた。
ユウくんは、
カウンターにもたれながら、ぽつりとつぶやいた。
「夢ってさ。
楽しいことばっかりじゃないよな。」
ハルノさんも、
コーヒーを飲みながら、ゆっくりうなずいた。
「うん。
むしろ、つまずくことの方が多いかもしれない。」
私は、
カウンターにそっと手を置いた。
──なんて言ったら、いいんだろう。
すぐに元気づけることなんて、できないかもしれない。
でも、
伝えたい。
だから、私は言った。
「大丈夫ですっ。
つまずくのも、すっごく大事なことですっ!」
みんなが、
こちらを見た。
私は、胸いっぱいに息を吸い込んだ。
「私も、配信しても……
誰にも来てもらえなかった日、たくさんありました。
Short出しても、見てもらえなかったときも、ありますっ。」
でも、と私は続けた。
「でも、そこでやめなかったから──
こうして、ここにいられますっ。」
あかりちゃんの瞳が、
すこしだけ揺れた。
花音ちゃんも、
ぎゅっとカップをにぎりしめた。
ユウくんは、
やさしく笑った。
「……だよな。」
ハルノさんも、
低く、でも力強くうなずいた。
「壁にぶつかるってことは──
それだけ、ちゃんと進んでるってことだからな。」
ジュワジュワと、
胸のなかにあたたかい音が広がった。
──つまずいてもいい。
──立ち止まってもいい。
それでも、また、
ちいさな一歩を踏み出せたら。
きっとそれは、
誰よりも強い春風になる。
私は、エプロンのすそをぎゅっとにぎった。
「大丈夫ですっ。
私たち、みんな、春風を育ててる最中ですっ!」
あかりちゃんが、
そっと笑った。
花音ちゃんも、
顔を上げた。
ユウくんも、
ハルノさんも、
店長さんも。
バーチャル喫茶・春風には、
またひとつ、やさしい風が吹いた。
──また、あしたも。
誰かの今日に、
そっと春風を届けられますように。
私は、胸いっぱいに願いをこめて、
ハーブティーのカップを、ぎゅっと両手で包みこんだ。
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