第4話:バーチャル喫茶・春風で、夢を抱えた君へ。
カランコロン。
やさしいベルの音が、店内に広がった。
私は、カウンターの奥で、
ミルクを泡立てながら顔をあげた。
扉の向こうから、
すこしおどおどした様子の女の子が入ってきた。
ショートカットの、あどけない姿。
白いワンピースに、ほんのすこし大きめのリュック。
──初めて見るお客さんだ。
「い、いらっしゃいませっ!」
私は、慌ててぺこりとお辞儀をした。
女の子は、もじもじと手をにぎりながら、
ゆっくりカウンターに近づいてきた。
「ここって……あの、バーチャル喫茶・春風……ですよね?」
「はいっ、ようこそですっ!」
ユウくんが、カフェオレ片手ににこっと笑う。
「ゆっくりしていっていいよ。ここ、初めて?」
女の子は、コクリとうなずいた。
「えっと……その……
私、今日、はじめて……VTuberデビューしたんです……」
──VTuberさん!
私は、ぱっと顔を輝かせた。
「おめでとうございますっ!」
「……あ、ありがとうございます。」
女の子は、少し照れくさそうに微笑んだ。
「でも、まだ……全然……誰にも見てもらえなくて……。
なんか、すごく不安で……どこかに行きたくなって……。」
その声は、ちいさく震えていた。
店長さんが、
奥からあたたかいカフェラテを用意して、
そっとカウンターに置いた。
「まずは、これでも飲んで。
ここでは、急がなくていいから。」
女の子は、
そっとカップを両手で包み込んだ。
ふわりと立ちのぼるミルクの香りに、
ほんのすこし、肩の力が抜けたようだった。
私は、エプロンのすそをぎゅっと握った。
──何か、言葉をかけたい。
──でも、うまく言えるかな。
迷っていると、
ユウくんが、ぽつりと言った。
「俺さ、推しがデビューしてから、
最初のリスナーだったんだよね。」
女の子が、驚いたように顔をあげた。
「一人でも、待ってる人はいる。
たった一人でも、その人に届けば、
きっと、始まるんだよ。」
その言葉に、
女の子の目に、すこしだけ光が宿った。
私は、そっと、カウンター越しに声をかけた。
「私も……はじめたばっかりなんですっ。
ぜんぜんまだ、うまくいかないけど……
でも、今日、ここで……あたたかい春風をもらえた気がしてますっ!」
女の子は、
ぱちぱちと瞬きをして──
ふわりと笑った。
「私……月野あかり、っていいます。
新人VTuber、ですっ。」
「月野あかりちゃん……!」
私は、にっこりと笑った。
──あかり。
──きっと、
これからたくさんの夜に、
ちいさな光を灯していく子なんだろう。
「がんばろうねっ、あかりちゃんっ!」
私が手を差し出すと、
あかりちゃんは、はにかみながらも、そっと手を伸ばしてきた。
──ちいさな手と手が、
バーチャル空間のなかで、やさしくつながった。
ジュワジュワと、
心のなかに、あたたかい音が広がる。
「また、来てもいいですか……?」
あかりちゃんが、
ちいさな声で尋ねた。
私は、思いきりうなずいた。
「もちろんっ! いつでも、お待ちしてますっ!」
カランコロン。
また、どこかから、
春風みたいな音が聞こえた気がした。
──また、あしたも。
誰かの今日に、
そっと春風を届けられますように。
私は、胸いっぱいに願いをこめて、
エプロンのすそをぎゅっとにぎった。
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