第3話:バーチャル喫茶・春風で、やさしいカプチーノ。
カランコロン。
また、やさしい音が店内に広がった。
扉の向こうから、
ふわりと春風みたいな香りをまとった女の子が入ってきた。
淡いピンク色のワンピース。
すこしだけ恥ずかしそうに、でも期待に満ちた瞳。
「こんにちは……」
小さな声でそう言って、
そっと店内を見回した。
「いらっしゃいませっ!」
私は、思わずぺこりとお辞儀をした。
その声に、
女の子はぱあっと笑った。
「はじめて来ましたっ。……ここの噂、聞いて。」
「ようこそ、喫茶・春風へ。」
店長さんが、
カウンターの奥から、やさしく声をかけた。
女の子は、
すこしはにかみながら席に座った。
ユウくんは、
カフェオレを飲みながらその様子を見守っている。
「おすすめ、ありますか?」
女の子は、
メニューを手にしながら、そっと顔をあげた。
「えっと……」
私は、あたふたしながら、カウンターのメニュー表を見た。
──何がおすすめって言ったらいいんだろう。
そのとき、
店長さんがにこっと笑って耳打ちしてくれた。
「春風のカプチーノ、って言ってごらん。」
私は、ぱちんっと顔を輝かせた。
「はいっ! おすすめは……春風のカプチーノ、ですっ!」
女の子は、ぱちぱちと目を瞬かせたあと、ふわりと笑った。
「じゃあ、それくださいっ。」
私は、
心の中で小さくガッツポーズをした。
──初めて、おすすめできた。
「りるむちゃん、カプチーノ、いける?」
店長さんの声に、
私は、こくんとうなずいた。
「はいっ、がんばりますっ!」
エプロンのすそをきゅっと握り、
カプチーノの準備に取りかかる。
あたたかいミルクをふわふわに泡立てて、
香り高いエスプレッソの上にそっと注ぐ。
ふわり、ふわり。
カップの中に、小さな春風みたいな泡の花が咲いた。
──できた。
そっとカップをトレーにのせ、
席まで運ぶ。
女の子は、
うれしそうに両手を差し出した。
「わあ……かわいい。」
カプチーノの泡の真ん中に、
ほんのりハート型の模様ができていた。
「ありがとう……すごく、うれしいです。」
女の子は、
ふわりと笑った。
私は、
胸いっぱいにあたたかい気持ちが広がるのを感じた。
──春風を、届けられた。
バーチャル空間なのに、
たしかにここには、あたたかさがある。
「カプチーノ、すっごく得意だね。」
ユウくんが、
カウンター越しににこっと言った。
「えへへ……たまたまですっ。」
でも、心のなかでは、
そっと「ありがとう」をつぶやいた。
店長さんは、
奥からやさしく見守ってくれている。
──少しずつ、少しずつ。
私は、この場所で、
春風を咲かせるための一歩を踏み出している。
女の子は、
ちいさな声で歌を口ずさみながら、カプチーノを飲んでいた。
春の香りが、ふわりと店内に広がった。
バーチャルでも、
本物の"ぬくもり"は、ちゃんとここにある。
「また、来ますね。」
帰りぎわ、
女の子は、
そっと小さな手を振ってくれた。
私は、にこっと笑って手を振り返した。
「また、お待ちしてますっ!」
ジュワジュワと、
心のなかに、ちいさな春風が吹いた。
──また、あしたも。
誰かの今日に、
そっと春風を届けられますように。
カプチーノのやさしい香りを胸に抱えながら、
私は、もう一度、エプロンのすそをきゅっと握った。
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