バーチャル喫茶・春風で

春風りるむ

第1話:バーチャル喫茶・春風で、はじめまして。

バーチャル空間に、ぽつんと浮かぶ小さな建物。

それが、「喫茶・春風」だった。


私は、

ちいさなドキドキを胸に抱えながら、扉の前に立った。


──カランコロン。


軽やかなベルの音が、静かな店内に広がる。


「いらっしゃいませ。」


カウンターの向こうから、

やわらかい声がした。


白いシャツに、ベージュのエプロン。

落ち着いた雰囲気の店長さんが、ふわりと微笑んでいる。


──わあ、すごく、あたたかい空気。


私は、

ほんのすこしだけ勇気を出して、前に進んだ。


「今日から、お手伝いに来ましたっ!」


声が、少し裏返る。


店長さんは、やさしくうなずいた。


「うん、待ってたよ。ようこそ、喫茶・春風へ。」


店内は、バーチャルとは思えないほどあたたかかった。


木目のカウンター、アンティーク調のランプ、

ふんわり流れる、静かな音楽。


まるで、本当に春の風が吹いているみたいだった。


「まずは自己紹介をお願いしていいかな?」


「は、はいっ!」


私は、胸いっぱいに息を吸い込んだ。


「見習いVTuberの──春風りるむですっ!」


ぎこちないけど、

ちゃんと自分の名前を名乗れた。


店長さんは、ふわっと目を細めた。


「春風りるむちゃん、だね。よろしく。」


「よろしくお願いしますっ!」


自然と、笑顔がこぼれた。


──きっと、ここなら大丈夫。


そんな気がした。


店長さんは、

カウンターの奥から、一枚の手書きメモを差し出した。


【喫茶・春風でのルール】


ここでは、本当の名前も顔も、関係ない。


どんな人も、やさしく迎えること。


誰かの春風になれるよう、そっと寄り添うこと。


「……素敵なルールですねっ」


私は、心からそう思った。


バーチャルでも、

ここにはたしかな"ぬくもり"がある。


「さっそく、お客さんを迎える準備をしよう。」


「はいっ!」


私は、エプロンのすそをきゅっとにぎった。


そのとき──


──カランコロン。


再び、ベルの音が鳴った。


扉の向こうから、

ふわりと春風みたいな気配が入ってきた。


「こんにちはー……あれ、新人さん?」


店内に現れたのは、

青いパーカーを着た少年のアバターだった。


あどけないけれど、

どこか静かな目をしている。


「は、はじめましてっ!」


私は、ぺこりと頭を下げた。


少年は、にこっと笑った。


「緊張してる? 大丈夫だよ。

 春風は、あったかいとこだから。」


その笑顔に、

少しだけ胸のドキドキが和らいだ。


「俺、ここの常連なんだ。

 喫茶・春風、好きなんだよ。」


その言葉が、

ふわりと胸にしみた。


店長さんも、微笑んでいる。


「りるむちゃん、カフェオレを一杯お願い。」


「は、はいっ!」


私は、

そっとカウンターの奥へ向かった。


ミルクをたっぷり注いで、

コーヒーとそっと混ぜる。


バーチャルなのに、

ふわりと香ばしい香りが立ちのぼる。


──これが、私の、喫茶・春風での最初のお仕事。


震える手でトレーを持ち、

カウンターへと運ぶ。


少年は、

にこにこと受け取ってくれた。


「ありがとう。……がんばってね。」


たったそれだけの言葉が、

胸いっぱいに広がった。


私は、

えへへ、と小さく笑った。


「はいっ、がんばりますっ!」


ジュワジュワと、

カフェオレのやさしい湯気が広がる。


春風の香りが、

店内にふわりとめぐった。


バーチャルだけど、

ここにはたしかに、あたたかい"今"があった。


──これから、きっと、たくさんの出会いがある。


ちいさなカップに、

ちいさな願いをこめて。


今日も、

春風に乗せて。


「バーチャル喫茶・春風で、はじめまして。」


私は、心のなかでそっとつぶやいた。

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