風の始まりの色
わた雲
第1話 私の相棒
「ねえ、お母さんそろそろかなぁ?」
「もう、何回目よ?10時にメーカーさんが届けてくれるでしょう?」
母に呆れられる事、既に五回。朝から同じ事を何度も母に繰り返し聞いてしまう私こと佐々木飛鳥(ササキアスカ)19歳は、ソワソワしていたんだ。
だって、社会人2年目にしてようやく手に入れた私の、私だけの車!DEIHATHUのTamto L、雪国だから勿論4WD!
それに軽自動車だけど、内部空間が広いしミラクルオープンドアだから乗り降り楽々!欲張ってパワースライドドアや格納式リヤドアサンシェードも搭載したんだ!
へへっ、それにもう一つお母さんには内緒で機能追加しているんだ!あ、色は優しいアイスグリーンだよ。
「あ、お母さん!私の車が来たら、初ドライブ行こ!買い物何かある?」
「飛鳥の運転かぁ……仕方ない。友達を乗せる練習台になってあげますか」
「あ、なによぉ。私、安全運転だよ?失礼な!」
「ふふっ、ごめんごめん。ほら、機嫌直して。チャイムなったわよ?」
「え!本当!?はーい、今行きまーす!」
うわぁ、言われなきゃ気が付かなかったぁ!でも、遂に届いたんだっ!
はやる気持ちからついドタドタドタッガチャっと大きな音を立てちゃったから、扉を開けたメーカさんが笑ってたんだよね。
「……お待たせしました。ご注文のお車をお届けに参りました」
あー……すいません。だって待ちきれなかったんです。
ちょっと恥ずかしかったけど、直ぐに気を取り直し、しっかりと受け取りの説明をして貰って、初めて渡された車の鍵。
オートで車のロックを外し内装を確認すると、まだ出来立ての匂いがしたんだ。
んー、これが私の車になるんだよね!
メーカさんに誘導されて運転席に座り、エンジンのスイッチを押すと車に振動が走った!
「意外に音静かなんですね」
「当社の技術者の努力の賜物ですから」
うん、会社に誇りを持てるっていいよね。メーカーさんの自慢気な様子に、私もちょっとは会社のいい点を見つめ直そうって思っちゃった。
でも、それよりも早く本格的に動かしたい!
ソワソワしつつも安全に動作確認を済ませ、笑顔のメーカーさんを見送った後、バタバタバタバタッとキッチンのお母さんのところへGO!
「お母さん!行こ!」
「ハイハイ、準備出来てるわよ」
うーん、いい匂い!今日はカレーだね!晩御飯の準備まで出来てるって事は、結構時間が取れるかな?
「お母さんも気合い入ってるじゃん」
「飛鳥のワクワクが移ったのよ。どうせなら、ゆっくり買い物もしたいからね」
「あ、いいね!服も見よっかなー」
「あら、良いわね」
出かける先はいつものウィーオンなのに、なんでこんなにワクワクするんだろうね。
いつも以上に上機嫌な私に、微笑むお母さん。一緒に玄関に到着して、靴を履いてからガチャっとドアを開ける。
「あら?飛鳥、アレって……?」
へっへー!ドッキリ成功!お母さん、車を見て驚いて立ち止まってる!
「どぉ?アレならお母さんだって楽に乗れるでしょ?」
お母さんの目線の先には、既にウェルカムシートリフトが作動した状態で待ち構えているんだ。玄関のドア越しに遠隔操作してた甲斐があったね!
そう。実はウチのお母さんは足が悪い。
私が小学生の頃に交通事故に遭ったお母さん。その時から歩行障害が起こって、歩くのも一苦労なんだ。でもね。不自由だからって、お母さんから愚痴を余り聞いた事はない。
「まだまだ頑張れば自分で動けるもの。どうせ人は老化すると歩行困難になるのよ。誰にだって訪れるものなの」
前向きにそう言って私が歩いて5分のスーパーに、片道30分かけて買い物にも行ったりもするんだ。
「天気がいい時、ゆっくりゆっくり歩いてご覧。一生懸命にコンクリートから生え出た雑草や、足元で懸命に物を運んでいる蟻や、日向ぼっこしている気持ちよさそうな猫や、挨拶してくれる学校帰りの子供達に会えるのは良いものよ」
お母さん、笑顔で食事の時に散歩の話を色々話してくれるけどね。
私はいつも思っていたんだ。
お母さんにもっと色んな場所を見て貰いたい。お母さんに私がいっぱい驚きを与えたいって。
だから私は、これからの相棒になる愛車に絶対コレをつけたかったの。
そして、天気のいい日には、お母さんにもっと笑顔になって欲しい。
「さあ!お母さん、これから出かけやすくなるよ!いつもとは違う風を車で見つけに行こっ!」
佇むお母さんの手を取り、ゆっくりと愛車に近づく私。
ねえ、お母さん。今日から定期的に冒険に行こうね。アイスグリーンの私の愛車に乗って。
風の始まりの色 わた雲 @amagumo1
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