第8話


 人はコミュニケーションを取ることで己を認識することができる生き物である。

 樹は日本での生活において、誰とも連まずに一人でいることが苦ではないタイプだった。


 だがそれは、SNSなどの人と関わることができるツールがふんだんにあるからこそ成立する在り方。

 この異世界での一週間近い暮らしは、彼をコミュニケーションに飢えさせていた。


 故に彼はそのまま声のする方へ向かおうとし……そのまま足を止めた。

 近づいているから徐々に話声も大きくなっているのだが、先ほどから聞こえている声があまり仲睦まじそうなものではなかったのだ。


(……揉めてるのかな?)


 安全地帯の仕組みは樹が居た場所と同じだったので、雑木林の影に隠れて一旦様子を見ることにした。

 いきなり邂逅して事態がこちらに飛び火するのは避けておきたかったからだ。

 上がった視力で確認をしてみると、そこには二つの人影があった。


「だから言ってるだろ、楓」


(あれは……うちのクラスで一番の不良の相馬。それに……楓さん!?)


 少し前に髪を染めたのだろう、黒と金の入り交じったプリン髪。

 ギラついている瞳に、全身から発しているオラついている雰囲気。


 どこぞの不良漫画から飛び出したのかではないかというその相貌は間違いなく、クラスメイトの相馬良雄のものだった。


 着ているのは前を完全に開いている学ランで、その右手には両刃の直剣を持っている。

 サイズから見てバスタードソードだろうか、片手でも両手でも使えるわりと応用の利く剣だったと記憶している。


 そして相馬の向かいに立っているのは、友人の宿歌曰くクラスのマドンナの谷口楓さん。

 手には樹が持っているのと似たような魔導書を手にしており、いかにも臨戦態勢といった感じだ。


 二人とも武器を持って対峙していることからもわかるように、二人の間に流れる雰囲気は明らかに険悪だった。

 たしかに少し考えてみれば、常に論理的な楓と感情で生きている相馬は、いかにも相性が悪そうだ。


「そろそろ俺の女になれよ」


「再三言ってるけど、嫌よ。それに私、あなたに名前呼びを許したつもりもないわ」


 楓は胸を張りながらキッと強い眼差しで相馬のことを睨み付ける。

 樹なら震え上がってしまいそうなほどにキツい眼光だが、それを見ても相馬はにやにやと笑うだけだった。


「やっぱりいいなぁ……強気な女、俺は好きだぜ。屈服させる時に、生を実感するからな」


「品性下劣ね。なぜあなたが阿炎高校に入れたのかが不思議で仕方ないわ」


「俺は頭もいいからなぁ」


 相馬はゲラゲラと品のない笑いをこぼしながら、視線を下げる。

 そしてなめ回すように楓の身体を見つめ、ぺろりと舌なめずりをした。

 餌を見つけた肉食獣を思わせる獰猛な笑みに、見ている樹の方も気分が悪くなってくる。


「無理矢理ってのは趣味じゃねぇんだが……仕方ねぇか」


「え……きゃあっ!?」


 瞬間、相馬の姿が消えた。

 そうとしか言えないほどの早業だった。


 彼は瞬き一つにも満たない間に彼我の距離を詰めると、そのまま地面に楓を転がした。

 そして気付けば先ほどまで臨戦態勢だったはずの楓は組み敷かれ、その両手を相馬によってがっちりと抑えられている。


「何、ちっとばかし我慢してりゃすぐ気持ちよくなるからよ」


「いやっ、やめてっ!」


 相馬は右手で器用に楓の両手を押さえたまま、左手で自分のズボンに手をかける。

 そのやり方はあまりにも手慣れていた。

 こういったことを初めてやるとは思えないほどに。


「無理矢理犯すのも久しぶりだが……やっぱいいねぇ。しかもあっちと違ってこの異世界なら後処理も必要ねぇ! 何せ誰に何をしようが、それを取り締まるやつもいねぇからな! まったく異世界は最高だぜ!」


 相馬の言っていることも、彼が何をしようとしているのも、何もかも理解ができなかった。

 いや、意味はわかるのだが、頭がそれを理解することを拒否していたのだ。


 相馬はそのまま楓の制服に触れる。

 ブレザーとその中にあるシャツを引き剥がせば、中にあるブラが露わになった。

 それを見た相馬が、鼻の穴を膨らませながら口笛を吹く。


「もう、我慢ならねぇ! 一発ヤラせろ、楓!」


 相馬はそのままスカートを下ろし、パンツに手をかけようとする。

 鼻息は荒く、その股間は盛り上がり、どこまでも醜悪だった。


 対し楓の方は、必死に身じろぎをしているが、相馬の腕力が高いからかまったく抵抗できていない。

 この世界にやってきて良くなった樹の視力が、楓の顔を捉える。


 いつも気丈な彼女はそれでもなお強気な表情を保っていたが、それでもその瞳からは涙が流れていた。

 よく見ればその身体は震えていた。


 考えれば当然だ。何せ信じようとしていたはずのクラスメイトに襲われそうになっているのだから。


(あれは……あれは、人間じゃない)


 樹の視界がブレる。

 股間を盛り上げながら自分のパンツを下ろそうとしている相馬の姿が、ジャージを着ているあのゴブリンと重なった。


(あれは――人の形をした、魔物だ)


 自身の持つ鉈にキーンウェポンをかける。

 そして無防備に下半身を晒している相馬の背中へと手を向けた。


 先ほどの動きから考えるに、相馬の身体能力は恐らくゴブリンなど比較にならないほどに高い。


 真っ向勝負で戦えば、自分が勝てる相手ではないだろう。

 故に勝負を決めるまでの時間は一瞬。


(良かった……あらかじめ魔法を試しておいて)


 使う魔力はありったけ。

 成功するかもわからないが、あらかじめ理解していた倒れないギリギリのラインの魔力を使う。


「パラライズ」


「――ぐうっ!?」


 小声で呟きながら、魔法を発動させる。

 どうやら成功したらしく、相馬の身体の動きがそのまま硬直する。

 だが数秒ほど止まったかと思うと、その身体はゆっくりと動き出そうとしていた。


 自身の最大出量でも、数秒動きを止めるのが精一杯。

 だがそれで、問題はない。

 これだけ近づくことができれば、攻撃を外す道理がない。


 出力の高い魔法の代償で、身体が悲鳴を上げている。

 目から血が流れ、視界が赤く染まる。

 鼻から口が垂れ、血の味がする。

 それでも樹はただ、その魔物の背中へと向かっていった。


「――しいっ!!」


 樹の一撃が、相馬の脳天に直撃する。

 頭から噴き出す鮮血は……自身と同じように、真っ赤だった。

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