異世界転生した日本人の、ほのぼのスローライフ作品。ただし、随所にコズミック・ホラー的な狂気が滲み出ています。
読み進めるうちに、意味不明な語句や概念が次々と現れることでしょう。「1個(チョット)」や「クリームの艶」など、そのひとつひとつは笑えるのに、繰り返されることで不気味な「ズレ」を感じさせてきます。
私自身、クトゥルフ神話に精通しているわけではありませんが、あの世界の狂気や恐怖とは「理解できないものの一端を垣間見る」ことにあるのだと思っています。たとえば、目の前に巨大な壁があり、それをマクロな視点で俯瞰すると、それが靴だった──では、その靴の持ち主とは?そんな感覚を、この作品からも受け取りました。
マリトッツォに酷似した果実「マリチョット」が、なぜ畑から収穫できるのか。異世界に転生し、長年マリチョット農家を営んできた主人公が、ふとした瞬間にこの素朴すぎる疑問に突き当たる。そのとき、読者の中でも「何かおかしい」という感覚が静かに芽生えます。
……とはいえ、作品の大部分は平穏で優しい気持ちになれるスローライフ農業ものとして描かれています。人間模様は微笑ましく、キャラクター同士のやり取りには温かな感情と深い思いやりが感じられます。
ちなみに、私がちゃんと読んだ初めてのスローライフ作品がこれでした……勘弁してくれ。