第4話 マリチョット道は種チョットより始まる

 マリチョット───それは神秘の食物。

 いったいどこで芽生え、今日まで我々の生活に欠かせない食物となったのか、その起源は明かされていない。

 曰く、古代から人々が栽培してきただとか。

 曰く、飢えに苦しむ人間を哀れんだ神が造られた恵みだとか。

 色んなエピソードが語られているが、実際どうなのかは分からない

 ただ、確かなことは一つ。

 マリチョットは、紛れも無く野菜として育てられていることだ。



 収穫したマリチョットは全て市場で売り出しているわけではない。

 大きさがうちで設けている規格未満の物、艶が悪い物など、商品に適さないものがどうしても幾つか出てしまう。

 そういったマリチョットは我が家で消費するが、全てがそうではない。


 マリチョットを栽培する際、規格未満の小ぶりで健康なマリチョットを土に植える。そこから芽が出て、次なるマリチョットが育てられるのだ。

 種芋、という言葉は元居た世界に居れば一度は聞いたことはあるだろう。それと似たようなものだ。この種として使われるマリチョットは、専門用語で『種チョット』と呼ばれている。


 これに欠かせないのが、虫除けの防虫魔術。

 種チョットの一つ一つに害虫がついて虫食いになれば、そこから病気になってしまう。病気になった種チョットは芽を出す事も無く埋もれてしまう。そうなると収穫量も減ってしまうし、他のマリチョットに病気が伝染してしまうこともある。

 地味な一手間だが、この過程を経ているかどうかはマリチョット農家の信用にも関わる。

 そこで、うちは専属の魔術師さんに防虫魔術をかけてもらっているのだ。


「よくきてくれたねぇ、ロシュ君。今日もよろしく頼むよ」

「ッス」


 やんちゃな吊り目の少年は言葉少なに、丁寧なお辞儀を返す。

 彼はうちの専属魔術師、ロシュ君だ。虫に関する魔術を研究しており、中でも防虫魔術を発明した、魔術師界でも期待のホープである。

 種チョットを保管してある倉の一角。そこに積まれたたくさんの木箱を前にロシュ君は「おお」と感嘆の溜息を漏らした。


「相変わらずの収穫量ッスね。もしかしてこれ、全部が種チョットですか?」

「そうだよ。皆さんうちのマリチョットを気に入ってくれたおかげで、売上も右肩上がりでね。栽培する量を増やそうと思ってるんだ」

「成程ッス。でも、人手は足りるんスか? マサヤさんとフィオさんだけじゃ負担が大きいんじゃ……」

「そこはそれ、うちの奥さんの見せ場だよ。すごいよ彼女、マリチョットをすぐに見分けして的確にサクサク収穫しちゃうんだから。今じゃ俺よりも収穫の手が早くて、昔の半分の時間で仕事が終わっちゃってるんだ」

「へぇ、そりゃ凄いッスね」


 そう言ってしばらくすると、ロシュ君が「ああ」と呟いた。


「そっか、それで収穫量を増やそうと」

「うん。アイネもこれからどんどん大きくなるし、蓄えは多い程良いからね」

「なら、俺の仕事も責任重大ッスね。頑張るッス」


 張り切るロシェ君は木箱の山から一つを土間に下ろした。

 時折うちの仕事を手伝っている成果か、細身に似合わず彼もなかなか力持ちである。

 木箱の蓋を開けると、そこには次に収穫するマリチョットとなる種チョットが一杯に詰まっている。


「それじゃあ、早速始めていくッス」

「お願いしますっ」


 ロシュ君は種チョットに手をかざすと、魔術の詠唱を始めた。

 どうやら魔術を使う際の専用の言語らしく、なんと言っているのかは分からない。 元居た世界で言うところの、プログラミング言語のような物だろうか、と俺は勝手に解釈している。

 専門の知識を身に付けた人にしか扱えない技能。その点で見れば、魔術もプログラミングもさして変わりはないと思うのだ。


「ッ───!」


 ロシュ君の手からペパーミントグリーンの淡い光が放たれる。

 光は木箱の中の種チョットに触れると、薄膜で覆うように種チョットに纏った。


「まずは一箱、っスね」

「相変わらず見事な手際だよ。流石はロシュ君だ」

「あ……ありがとうございまス」


 ロシュ君は照れ臭そうにしているが、実際大したものである。

 フィオさんに聞くと、この防虫魔術はどうやらエンチャント───武器に属性を付与する強化魔術の応用に類するらしい。

 有機物に属性強化を施すのには相当な技術が必要だとされる。強化の魔力量を誤れば、生物の神経や細胞に悪影響を及ぼす可能性があるからだ。


 それをロシュ君は食物のマリチョットに寸分の狂い無く、適切な魔力量で防虫を付与してみせている。

 こでが彼の技量でなくしてなんだと言うのか。


「つくづく勿体ないことしたよね、君を研究室から追い出した魔術学院の先生は。こんなに人の役に立つ魔術をロシュ君は開発してみせたっていうのに」

「なんでマサヤさんが怒るんっスか」

「そりゃあ怒りもするさぁ!」


 こんなに人の役に立ちたいって思いに溢れた青年の研究を「魔術の発展に一切寄与しない」だなんて理由付けで追い出すだなんて。

 魔術の発展は結構なことだ。だが、そんな理由で多くの人々にとって有益な研究が潰れさせただなんて、一農家として腹立たしい。


「いつかその口にマリチョットたらふく突っ込んで『これ、ロシュ君の魔術のおかげで作れたんですよー』って言ってやる。絶対一泡吹かせてやる! 見返してやるぞぉ……! なっ、ロシュ君!」

「いや、ほんとそういうの大丈夫なんで……あの俺、残りの種チョットに魔術かけとくんでっ」


 おっと、そうだった。いつまでもここに居て作業の邪魔をしてはいけない。


「それじゃあ俺は畑の方に居るんで、終わったら呼んでください」

「───ッス!」


 ロシュ君の返事の声は、心なしか嬉しそうに弾んでいた。

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