第3話 旧守派と改革派
フジ・メディア・ホールディングスの最上階、応接室。
そこには10年、20年と会社を支えてきた「功労者たち」が静かに集まっていた。
「彼が来るぞ」
誰ともなく口にした一言に、重い沈黙が落ちた。
「彼」とはもちろん、北山吉高のことだ。
20年前、ホワイトナイトとして迎えたはずの男が、今や“取締役提案”という形で牙をむいてきた。
「まさか、本当に12人を出してくるとはな」
会長職にある大垣英樹は、深く息をつきながら言った。
彼の瞳には、恐れではなく、怒りがあった。
――なぜ今さら、過去を蒸し返すのか。
――なぜ外から来た男に、我々の血と汗が否定されなければならないのか。
「彼は、我々を“時代遅れ”だと断じている」
「だが、テレビを支えてきたのは、我々の泥と知恵の積み重ねじゃないのか?」
重鎮たちは、うなずき合った。
それが“正義”だと信じていた。
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その夜、北山吉高はオフィスの一室に1人、旧守派の資料を見つめていた。
全員の顔を、彼は20年前から記憶していた。
あの時、彼に握手を求めてきた者たち。
あの時、堀江氏を「敵」と見なした者たち。
そして、今も椅子にしがみついている者たち。
「悪いが、これは“改革”じゃない。解毒だ」
北山は声に出してそう言った。
腐敗とは、誰かの悪意ではなく、長年の“自動操縦”の結果だ。
理念を失い、目的を見失い、組織が自壊していくプロセス。
彼はそれを“毒”と呼んだ。
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一方、報道局では、朝倉あかねが上司に呼び出されていた。
「お前、北山の会見を全部文字起こししたらしいな。あれ、誰の指示だ?」
上司の声は怒気を含んでいた。
「指示じゃありません。私が必要だと判断しました」
「必要? 何のために? SNSか? どこかの週刊誌に渡す気か?」
その瞬間、あかねの中で何かが切れた。
「報道って、誰の顔色を見てやるものなんですか?」
部屋に沈黙が落ちた。
誰もが知っている。
北山の言葉には“正論”がある。だが、誰もそれに触れようとしない。
「フジテレビが変わらなければいけないのは、視聴率じゃない。…態度です」
あかねは頭を下げて退室した。
この瞬間、彼女は「改革派」になったのだ。
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旧守派は水面下で動き出した。
内部の弁護士を通じて、定款の変更を試みる。
取締役の任命条件を厳格化し、外部からの提案を制度的に弾く。
「北山が何を言おうと、会社法の壁は簡単には越えられんよ」
ある常務が笑った。
だが、その裏で北山はもう一手を打っていた。
――自ら、株式を買い増し始めたのだ。
「5%? そんなもの、1週間で用意できる」
口だけではない。北山は“投資家”として動き始めていた。
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そして数日後──
フジテレビのロビーに、あかねの姿があった。
彼女はカメラマンとともに、取材のために待っていた。
来る、と直感していた。
その瞬間、ドアが開く。
背筋を伸ばした長身の男が、黒いスーツに身を包み、ゆっくりと歩いてきた。
北山吉高、現る。
周囲の社員が、微妙な距離を保ち、そっと目を逸らした。
まるで触れてはいけない“爆弾”のように。
だが、あかねは立ち上がった。
「北山さん。朝倉あかね、報道局です。少しだけ、お話を聞かせていただけませんか?」
男の歩みが止まる。
一拍の沈黙の後、彼は静かに頷いた。
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次回 第4話「開戦前夜」
いよいよ取締役選任を巡る“株主の戦い”が始まる。
旧守派は守るものを守るため、最後の抵抗を試みる。
北山の真の目的とは?そして、彼の背後にある“黒幕”とは──
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