【平面ガール!】~二度と会えないはずの初恋の彼女が突然、 僕のシャツの中に現れました!!~

kazuchi

プロローグ

 『――ねえ、イクル。私、いつか空を飛びたい!!』


 一采ひとは満天の星空を仰ぎ見ながら言った。いつもの自分なら一笑いっしょうに付すであろう突拍子のない言葉も壮大な星空の景色にかき消されてしまった。僕は答えるかわりに彼女の横顔を見つめ微笑み返す。……ふと隣に視線を落とすと【彼】もどうやら同じ気分みたいだ。僕たちのやり取りをいつものように黙って眺めている。


『どんなに科学が進歩したってずっと変わらないものはあるよ。そう、この星空の輝きみたいに。私たちの秘密基地から見える夏の澄んだ青空だって!! それってとっても素敵だと思わない?』


 そうだね、一采。僕たち三人の友情だってずっと変わらない……。



 *******



 世界中で自分だけが不幸な境遇だとは思わない。初めて宇宙船に乗せられ打ち上げ後、誰にも看取みとられず死んでいったライカ犬に比べたらマシだとさえいえる。けれど僕が死に場所に選んだのは高校の屋上だった。おぼつかない足取りで階段を上り、扉を開けた先に広がる七月の真っ青な空。人生最後に見る景色はここだって決めていた。老朽化した校舎の屋上に一人立つ。


 ――イクル、私の話をちゃんと聞いてるの? 


 首筋を流れる汗を拭うように風が通り抜ける。それと同時に懐かしい声が聞こえた気がした。まさか!? 絶対にありえない。僕の幼馴染みだった初恋の少女、一采ひとはもうこの世には存在しないのだから……。


 ははっ、すでに幻聴が聞こえるなんて。おんぼろな身体もいよいよだな。でも人生の幕引きぐらいは自分で決める。 いま僕のおかれた境遇を決めた存在、そいつが運命の神様だか悪魔か知らないが勝手にはさせない。


 ――ほら、いもしない敵とのチキンレースが始まった!! イクルはいつもそうだね。いったい誰ときそっているの? もうっ、ホントに意地っ張りなんだから。


 また聞こえた、一采あいつの声が。僕の頭はどうかしちまったのか!? 額に手をあて大きく頭を左右に振る。子供のころ仲良し三人組で作った秘密基地。そこで交わした何気ない場面をなぜ今さら思い出すんだ。


 ああ、これが走馬灯か。って、いくら何でも早すぎやしないか? ふつうなら死の直前に脳裏を駆け巡るはずだ。同時に複雑な感情がこみ上げる。懐かしい彼女の声が聞こえるのは、みずから命を絶つ行為への罪悪感が作り上げた幻聴だとしたら合点がてんがいく。


 そうだ、僕は負けを認めたくなかったのかもしれない。十七年という短い人生の中でもっとも輝いていたあの頃を思い出すなんて……。


 *******


『イクル、そっちはどう。もう新しい中学校には慣れた?』 


『うん、まあまあかな』


『……【彼】も元気にしてるかな』


「一采、心配するなよ。あいつならきっと上手くやってるはずさ』


 *******


 仲良し三人組が離れ離れになった後も携帯端末でのやり取りは続いた。あの頃の自分は未来の再会を信じて疑わなかったのに……。


 ――嘘みたいに幸せ!! 夢想家の彼女らしいかわいい口癖。当時は勇気が出なくて言えなかったけどそんな君がずっと好きだった。どんなしぐさでも見逃したくない。僕にとって一采の言葉は心地よい歌みたいに感じられた。死ぬのを選んだ弱い僕はあの世できっとこっぴどく叱られるだろう。だけどまた彼女に逢えるならそれも悪くないな。


 うつむき加減で死へのスタートラインに向かう。頭上に広がる澄んだ青空は視界に入れたくなかった。もう一度見てしまうと未練が残るのが怖かったから。


屋上の手すりに手を掛け地上を見下ろした。身がすくむほどの高さだ。これなら万が一にもしくじる心配はないだろう。創立記念行事のための改修だか知らないが校舎の前面には工事用の足場が組まれ、白い垂れ幕が部分的に掛けられている。けれども僕の立つ場所から下はさえぎる物は存在しない。


大きく深呼吸をした後、現世への迷いを振り切るように一気に手すりの向こう側に身を乗り出した。パノラマ写真のように眼下の景色が丸く広がる。


 ああ、そういえば彼女との約束は守れなかったな。空を飛びたいと言った願いをかなえてやるって。落ちていく瞬間、人間の身体の中で重い部位である頭が下になるって本当だと知った。どうせ誰にも伝えられない知識だけど。


 ……一采、どんなに科学が進歩してもやっぱり人は空を飛べないんだ。皮肉なものだね。飛び降り自殺なんかで自分の身を持って証明するなんて皮肉な話さ。


 ――待ってイクル!!


 走馬灯のかわりにまた彼女の声が聞こえた。幻聴でもどうでもいい。すぐに僕の身体は地面に激しく叩きつけられるのだから。もう考えるのはやめにしよう。


 ――こめんね、イクル、まだあなたを死なすわけにはいかない!!


 一采!? これは幻聴じゃない。はっきりとした声が耳に届く。落ちていく身体の周りがまばゆい白い光に包まれ、誰もいない休校日の校舎の窓ガラスにも激しく反射した。


「なっ……!?」


 こ、これは光だけじゃない。落下している速度が急にスローモーションになる。校舎に掛けられた工事用の白い垂れ幕がまるで意思を持ったように動いて僕の身体を包み込んでいるんだ。自分に何が起きているのかまったく見当もつかない。そのままグラウンドにうつ伏せの態勢で着地する。硬い地面ではなく柔らかな感触に強いとまどいを覚えた。どれくらいの時間が経過したのだろう。えもいわれぬ恐怖で勝手に身体が震えるのを抑えきれない。まだ生きているという実感がじわじわと全身に広がった。やっとの思いで顔を上げて自分が落ちた校舎の屋上を思わず見上げる。あの高さから落ちて全くの無傷なんて考えられない!?


【ふふっ、私が生身の人間だったらぺっちゃんこに潰れているね】


 彼女の声だ!! それもかなりの至近距離から。慌てて辺りを見渡してもだだっ広いグラウンドには誰もいない。いったいどこから聞こえるんだ……。またもや言い知れぬ恐怖を覚え、制服のシャツの背中に冷や汗が流れる。僕の頭は本当にどうかしてしまったのか!?


「……ひ、一采なのか!?」


 驚きのあまり舌がもつれて上手く言葉を発することが出来ない。自分の喉の奥で生唾を飲み込む音が耳に届く。何より不可解なのは彼女の声が同じくらい身体の近くから発せられている事実だ。もしも幻聴じゃないとしたら幽霊のたぐいか。実際、僕はもう死んでいて一采の幽霊があの世からお迎えに来ているんじゃないのか?


【何やってんのよ。私がどこにいるか分からないなんて失礼しちゃう。ここだよ、イクルのここにいるって!!】


 まさか嘘だろ……!? 僕の心拍数が最大限に上がるのと同時に彼女の声までわずかに震える。慌てて乱れた制服のワイシャツの胸もとを両手で広げ、こわごわと中をのぞき込んだ。


【よっ、イクル、久しぶり】


 それは当時より成長してはいるがまぎれもなく彼女だった。僕の慌てぶりを楽しんでいるようなまなざし。柔らかな笑みをたたえた口元。少し色素の薄い肌。僕の着る白いシャツの下地と同じくらいまぶしい白さだ。


 世界に一人しかいない。死んだはずの幼馴染、深沢一采ふかさわひとだ。初恋の彼女は僕のシャツの平面に存在していた。


【ただいま、イクル!!】


「お、おかえり」


 ねえ、一采。教えてくれないか? 僕が生かされた意味はいったい何なのか……。


 平面な彼女ガールは昔と変わらぬ笑みをシャツの中から僕に向けてくれた。



 次回に続く。



 ☆☆☆作者からのお礼とお願い☆☆☆



 第一話をお読み頂きありがとうございました。


 この作品は【KADOKAWA 児童書編集者主催】「人工知能×青春小説」企画に参加しています。


「面白い!!」「続きが気になる!!」


 などと少しでも思っていただけましたら、★の評価と作品フォローをぜひよろしくお願い致します!!m(__)m

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