第十三話:波紋を呼ぶ後輩女子
遊園地での、夢のような一日。それは、私と航くんの関係を、確かに新しいステージへと押し上げたはずだった。毎日のメッセージはさらに親密さを増し、電話で話す時間も増え、次に会う約束(もちろん「取材」という名の)も自然とするようになった。彼の書く小説は目覚ましい進歩を遂げ、それを読むことは私の大きな楽しみとなっていた。彼の描くヒロイン(=私)が主人公と心を通わせていく様に、自分のことのように胸を高鳴らせる日々。
年の差や将来への不安が完全に消えたわけではないけれど、隣に彼がいるという確かな温もりと、共有した特別な時間の記憶が、私の心を支えてくれていた。このまま、少しずつ、焦らずに関係を深めていければいい。そう、信じていた。彼も、私と同じように、この関係の進展を望んでくれているはずだと。
だが、ラブコメのセオリー通りというべきか、穏やかで幸せな時間というのは、えてして長続きしないものらしい。私たちの間に漂い始めた、この甘く満たされた空気を揺るがす、新たな風が吹き始めるのに、それほど時間はかからなかったのだ。
それは、遊園地デートから数週間が過ぎた、ある土曜日のことだった。
航くんが参加した高校生向けの小説コンテストの小さな授賞式が、市内のホールで開かれるという。彼は佳作に選ばれたらしく、「弥生さんにも、もしよかったら見に来てほしいです。俺の晴れ舞台…ってほどじゃないですけど」と、少し照れくさそうに誘ってくれた。もちろん、断る理由なんてない。私は二つ返事で快諾し、少しだけお洒落をして会場へ向かった。
会場は、思ったよりもこぢんまりとしていたが、若い才能たちの熱気に満ちていた。航くんは、壇上で少し緊張した面持ちで賞状を受け取っていたが、その姿はとても誇らしく、頼もしく見えた。私は、客席の後ろの方から、そっと彼に拍手を送った。
授賞式が終わり、ロビーで航くんと合流しようとした時だった。
「あの! もしかして、月見航路先生ですか!?」
明るく、人懐っこい声が、航くんに向けられた。声の主は、小柄で可愛らしい制服姿の女の子。肩にかかるくらいの明るい茶色の髪をツインテールにし、大きな瞳をキラキラさせて航くんを見つめている。どうやら、彼女も何かの賞を受賞したらしい。胸にはリボンが付いている。
「え…あ、はい。そうですけど…」
航くんは、突然ペンネームで呼ばれて戸惑っている。
「わあ、やっぱり! 私、先生の作品、ネットで読んで大ファンなんです! 特に、あの遊園地のシーン、最高でした! 私、橘莉子って言います! 今日は同じ賞をもらえて光栄です!」
橘莉子ちゃん。彼女は、満面の笑みで航くんに詰め寄っている。航くんは、純粋なファンからの称賛に、戸惑いながらも嬉しそうだ。
(…ファン、か。しかも、こんなに可愛い子が…)
私は、少し離れた場所からその光景を眺めながら、胸の奥がチクリと痛むのを感じた。航くんの才能が認められるのは嬉しい。でも、彼が私以外の女の子と親しげに話しているのを見るのは、正直、面白くない。
莉子ちゃんは、その後も航くんに熱心に話しかけ、小説の感想を熱っぽく語り、「もしよかったら、今度、小説のこと、もっと色々教えてください! 私も小説書いてるんです!」と、連絡先を交換しようとスマホを差し出した。航くんは、さすがに少し困った顔をしたが、「あ、はい、えっと…」と、断りきれない様子。
(ダメ…! 航くんは、私のものじゃない。でも、誰にも渡したくない…!)
その瞬間、私の心の中で、何かがプツンと切れた。強い独占欲と、危機感。もう、黙って見ていられない。
私は、意を決して二人に近づいた。
「航くん、おめでとう。素敵なスピーチだったよ」
できるだけ自然な笑顔で声をかける。航くんは、私の登場に驚きつつも、ほっとしたような表情を浮かべた。
「あ、弥生さん! 来てくれたんですね、ありがとうございます!」
「莉子です! 先輩の応援、私も嬉しいです!」と莉子ちゃんも私に笑顔を向けるが、その瞳の奥には、一瞬だけ鋭い光が宿ったように見えた。
「橘さん、はじめまして。弥生です。航くんの才能、私もすごく応援してるの。ねえ、航くん、せっかくだから、この後お祝いにご飯でも行かない? 私、奢るよ」
私は、莉子ちゃんに聞こえるように、わざと親しげに航くんの腕に軽く触れながら言った。
「えっ!? ほ、本当ですか、弥生さん!」
航くんは、目を輝かせている。
莉子ちゃんは、私たちの様子を見て、一瞬だけ悔しそうな顔をしたが、すぐに笑顔に戻り、「わあ、いいですね! 私もご一緒してもいいですか?」と、臆することなく言ってきた。
(この子…手強い…!)
私は内心舌を巻いたが、ここで怯むわけにはいかない。
「ごめんなさい、莉子ちゃん。今日は、私たち二人で、ゆっくりお祝いしたいから。また今度ね」
きっぱりと、しかし優しく断る。莉子ちゃんは、「そっかー、残念です」と唇を尖らせたが、それ以上は食い下がってこなかった。
「じゃあ、航先輩、弥生さん、また! 小説、楽しみにしてます!」
そう言って、莉子ちゃんは嵐のように去っていった。
残された航くんは、「弥生さん、助かりました…」と、小さな声で言った。
「ふふ、どういたしまして。でも、航くんも隅に置けないね。あんな可愛いファンがいるなんて。ちょっと、ヤキモチ妬いちゃうな」
私は、冗談めかして、でも本音を少しだけ混ぜて言った。
「えっ!? や、ヤキモチ…!? 弥生さんが、俺に…!?」
航くんは、顔を真っ赤にして固まっている。その反応が、たまらなく愛おしい。
(よし。少しは、私の気持ち、伝わったかな?)
美咲に言われた通り、少しだけ積極的に行動してみた。これが、吉と出るか凶と出るか。
その日の夜、美咲に事の顛末を報告すると、「上出来じゃない! やればできるじゃん、弥生!」と褒められた。
「でも、油断は禁物よ。あの莉子って子、絶対また来るわよ。あんたも、もっと航くんに『弥生は俺の特別な人なんだ』って自覚させないと!」
美咲の言葉に、私は改めて気を引き締めた。
そうだ。これはまだ始まりに過ぎないのだ。私の恋の戦いは、まだ始まったばかりなのだから。
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図書館での遭遇は、この新規エピソードの結果として発生するように変更します。
**0013 波紋を呼ぶ後輩女子(修正版)**
授賞式での一件以来、橘莉子ちゃんの存在は、私の心の中で無視できないものとなっていた。航くんは「ただの熱心なファンだよ」と気にしていない様子だったが、私は彼女の積極的な態度と、航くんに向けられる真っ直ぐな瞳の奥にあるものを、見逃すことはできなかった。
そして、私の予感は的中する。
数日後の放課後、いつものように市立図書館で航くんと待ち合わせをしていると、あの莉子ちゃんが、まるで待ち構えていたかのように現れたのだ。
「航先輩! やっぱりここにいたー! この前はありがとうございました! 今日こそ、小説のこと、色々教えてください!」
彼女は、私には目もくれず、一直線に航くんに駆け寄り、親しげに話しかける。そして、航くんの隣の席に、当然のように座ろうとした。
(なっ…!)
私は、カチンときた。ここは、私たちの、いつもの場所なのに。
「橘さん、こんにちは」
私は、努めて冷静に声をかけた。
「あ、弥生さんもいたんですね! こんにちは!」
莉子ちゃんは、悪びれもせずにっこりと笑う。その笑顔が、なんだか挑戦的に見えてしまうのは、私の心が狭いからだろうか。
「航くん、今、執筆に集中してるから、少し静かにしてあげてくれるかな? それに、その席、私がいつも使ってるんだけど」
少しだけ、棘のある言い方になってしまったかもしれない。でも、譲る気はなかった。
莉子ちゃんは、一瞬だけ驚いた顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻り、「そっかー。じゃあ、私はこっちの席にしよっと。先輩の執筆、応援してますからね!」と言って、私たちの向かいの席に座り、航くんに熱い視線を送り始めた。
航くんは、二人の間に流れる不穏な空気に全く気づいていない様子で、「あ、ありがとう、橘さん…」と、困ったように笑っている。
(この鈍感くん…! そして、この子は、やっぱりただ者じゃない…!)
私の心の中で、嫉妬と闘争心の炎が、メラメラと燃え上がるのを感じた。
美咲の言う通りだ。私は、もっと航くんに、そして周りにも、私たちの特別な関係をアピールしなければならない。
これは、もう、恋の戦いだ。
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