第3話お金では買えないもの

きーちゃんがポコチャの配信を続けるうちに、ponziさんのコメントは彼女にとって、もはや毎晩の楽しみとなっていた。他のリスナーとの軽快なやり取りの中に、ふと現れるponziさんの深遠な言葉は、まるで静かな夜空に輝く星のようだった。時に難解で、すぐに理解できないこともあったけれど、その奥にはいつもハッとさせられるような新しい視点があった。

ある日、きーちゃんがふと漏らしたバンドの歌詞に対する悩みに、ponziさんはこんなコメントを書き込んだ。

「言葉とは、感情の断片であり、思考の残滓である。それを繋ぎ合わせ、意味を与えるのは、聴く者の想像力に他ならない。売れる歌が良い歌とは限らない。真に響く歌は、聴く者の魂を揺さぶる問いかけなのだ。」

きーちゃんはこの言葉が妙に心に引っかかった。売れないことへの焦燥感、もっと多くの人に届けたいという渇望。そんな彼女の胸の奥底にあるモヤモヤとした感情を、ponziさんの言葉は静かに、しかし確実に刺激した。

それから数日後、きーちゃんは勇気を出してponziさんにメッセージを送ってみた。「いつもコメントありがとうございます。もしよかったら、今度バンドのことで相談に乗ってもらえませんか?」

しばらくして返ってきたメッセージは、意外にもあっさりとしたものだった。「構いませんよ。下北沢によく出没します。近いうちにどこかでお会いしましょう。」

数日後、きーちゃんは下北沢の小さなカフェで、初めてponziさんと対面した。そこに現れたのは、配信のコメントからは想像もしていなかった、くたびれたヨレヨレのジャケットを着た、痩せた中年男性だった。目は深く、知的な光を宿しているものの、全体的にどこか陰鬱な雰囲気を漂わせている。

「あの…ponziさんですか?」

「ええ、私がponziです。あなたは…きーちゃん、さんですね。」

二人の間には、ぎこちない空気が流れた。きーちゃんは、もっと気難しい哲学者を想像していたのだが、目の前のponziさんは、どこか所在なさげで、話しかけづらい印象だった。

しかし、バンドの話、そして歌詞の話になると、ponziさんはまるで別人のように饒舌になった。彼の口から語られる言葉は、音楽の根源的な力、言葉の持つ多義性、そして聴く者の心に深く突き刺さるメッセージの重要性など、きーちゃんがこれまで考えたこともなかったような視点に満ちていた。

その日を境に、きーちゃんとponziさんの間には、不思議な交流が始まった。ライブの後、きーちゃんはponziさんにその日の演奏や観客の反応をメッセージで伝え、ponziさんはそれに対して、時に辛辣でありながらも本質を突いた批評や、新たな視点を与えてくれる言葉を送ってきた。

そしてある時、きーちゃんは思い切って、ponziさんに新しい曲の歌詞の相談を持ちかけてみた。「今作ってる曲があるんですけど、どうしても言葉がしっくりこなくて…もしよかったら、何かヒントをいただけませんか?」

ponziさんからの返事はすぐに来た。「どのようなテーマの曲ですか?」

「えっと…『お金では買えないもの』について歌いたいんです。」

その日の夜、ponziさんから送られてきたのは、数行の短い言葉の断片だった。

「あらゆるものがカネで取引される時代。市場原理主義は正しいのか?だが、やはり何かがおかしい」

「あるものが「商品」に変わるとき、何か大事なものが失われることがある。その「何か」とは?」

「結局のところ市場の問題は、実はわれわれがいかにして共に生きたいかという問題なのだ」

きーちゃんは、その言葉を見た瞬間、鳥肌が立った。それは、彼女が漠然と感じていたことを、研ぎ澄まされたナイフのように鮮やかに表現していたからだ。

この言葉を元に、きーちゃんは一気に新しい曲を書き上げた。タイトルは、ponziさんの言葉から取って「お金では買えないもの」、そしてもう一曲、「今を生きる」。

下北沢のライブハウスで初めてこれらの曲を演奏した時、観客の反応はこれまでとは明らかに違っていた。言葉の一つ一つが、まるで聴く者の心に深く染み渡るように響き、演奏が終わった後には、これまで以上の大きな拍手が送られた。

ponziさんの言葉が、彼女たちの音楽に新たな息吹を吹き込んだのだ。そして、それはまだ、小さな波紋に過ぎなかった。

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