【MFブックスコンテスト特別賞】天才幼女、ぽんこつエルフに拾われる~転生したら強力な治癒魔法持ちでした、ただし幼女ですが~
八星 こはく
第1章 転生幼女、ぽんこつエルフに拾われる
第1話 転生したら、虐げられている幼女でした
「いつまで寝てるんだい、このグズ!」
暴言と共に、冷水が沁み込んだぼろ布を投げつけられる。それでも、熱で苦しむニーナにとってはありがたい。
「本当に、あんたなんて引き取るんじゃなかったよ」
足音を立てながら部屋を出ていったのはソフィーだ。ニーナの遠縁にあたる女で、身寄りのないニーナを引き取ってくれた。
ありがたいことだとは分かっている。彼女がいなければ今頃、ニーナは死んでいたかもしれない。
だけど……。
「……もう、つかれちゃった……」
床に寝転んだまま、開けっ放しの窓に視線を向ける。窓の外では、同年代の少年少女たちが楽しそうに駆け回っていた。
その背後には、彼らを見守る優しそうな親がいる。
いいな。
わたしにもママがいたら、大切にしてもらえたのかな……。
ただでさえ頭が痛いのに、泣いたせいでさらに頭が痛い。それでも6歳のニーナは、涙をとめる術を知らない。
声を殺して、ニーナはひたすら泣き続けた。
◆
『3年も浪人してどこにも受からないなんて、アンタはうちの恥だわ』
『予備校代だってタダじゃないんだぞ。それなのにお前は……』
『もういいよ、姉さん。俺が現役で受かったんだから、姉さんは医者にならなくたって』
悪意に満ちた声が頭の中に響いて、飛び起きるのと同時に目を覚ます。
「ごめんなさいっ! 来年こそは絶対、合格してみせるから……」
目を開けた瞬間、視界に映った自分の手に驚く。そこにあったのは成人女性の手ではなく、明らかに幼女の手だったから。
とはいえ、クリームパンのようにもっちりとした可愛らしい手ではない。貧相でやせ細った、哀れな子供の手だ。
「……もしかして、これって」
異世界転生、ってやつ?
そう思った瞬間、頭の中にこの少女の情報が流れ込んできた。
名前はニーナ。物心ついた時から両親がおらず、親戚の家を転々としてきた。現在は遠縁のソフィーに引き取られ、その息子である9歳のロルフと共に暮らしている。
ただ、家族扱いはされていない。死なない程度の食事を与えられ、幼いながらにこき使われる日々。
そして彼女は高熱を出し、きっと……。
死んじゃったんだよね。
そして、彼女の体に
椿は日本に暮らす35歳のOLだった。浪人しても結局医学部に受からず、滑り止めで受けた化学科に進学し、中小企業のMRとして働いていた。
死因は事故だ。道路に飛び出した幼い子供を庇って、車にひかれた。
後悔はない。医者になれなかった自分でも、誰かの命を助けられたことが嬉しいから。
「……この子も、わたしと同じだ。ううん。わたしよりひどい……」
幼いせいか、少しだけ舌ったらずな喋り方になってしまう。
深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がってみた。
窓に映った姿が痛々しい。亜麻色の髪は手入れされていないせいでぼさぼさで、痩せすぎて頬がこけている。顔色だって悪い。
服をめくると、手や足に無数の痣がある。これは、ソフィーに殴られた痕だ。
「……苦しかったな」
ニーナの記憶や感覚は、生々しく残っている。ソフィーに暴言を吐かれ殴られても、ニーナはいつか彼女から抱き締められる日を夢見ていた。
おこられるのは、わたしがだめな子だから。
頭がわるくて、同じことを何回言われても覚えられない、ばかな子だから。
のろまで人をイライラさせる子だから。
全部、わたしのせいなの。
だから、悪いところをなおせば、きっと認めてくれる。家族の一員として、愛してもらえる。
「……そんなわけないのに」
左腕にできた痣を右手で優しく撫でる。するとその瞬間、眩い光が手のひらから放たれた。
眩しさに目を閉じてしまった次の瞬間、ニーナの腕から痣が消えていた。
「嘘……!?」
試しに、全身のいたるところにある痣に手をかざす。同じように手のひらから放たれた光が、ニーナの痣をあっという間に治療してしまった。
「もしかしてこれって、魔法……!?」
魔法は神様からの授かりもの。生まれつき魔法が使える者や、ある日いきなり魔法が使えるようになる者がいる。
しかしそれはかなりの少数派で、ほとんどの人間は魔法を使うことはできない。
ニーナも当然、魔法なんて使えなかった。
「もしかして、転生をきっかけに……?」
落ち着いて状況を整理しようとしたところで、部屋のドアが乱暴に開かれた。ソフィーである。
「あんた、熱は下がったのかい」
「あっ、はい……」
「だったら、水でも汲んできな。働かない奴に食わせる飯はないよ」
木で作られた桶を投げられる。慌てて避けなければ、ニーナの足に直撃していただろう。
「さっさと行け、このグズ!」
桶を拾い、部屋を飛び出す。やせ細った足では、走るだけで苦しかった。
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