【MFブックスコンテスト特別賞】天才幼女、ぽんこつエルフに拾われる~転生したら強力な治癒魔法持ちでした、ただし幼女ですが~

八星 こはく

第1章 転生幼女、ぽんこつエルフに拾われる

第1話 転生したら、虐げられている幼女でした

「いつまで寝てるんだい、このグズ!」


 暴言と共に、冷水が沁み込んだぼろ布を投げつけられる。それでも、熱で苦しむニーナにとってはありがたい。


「本当に、あんたなんて引き取るんじゃなかったよ」


 足音を立てながら部屋を出ていったのはソフィーだ。ニーナの遠縁にあたる女で、身寄りのないニーナを引き取ってくれた。

 ありがたいことだとは分かっている。彼女がいなければ今頃、ニーナは死んでいたかもしれない。


 だけど……。


「……もう、つかれちゃった……」


 床に寝転んだまま、開けっ放しの窓に視線を向ける。窓の外では、同年代の少年少女たちが楽しそうに駆け回っていた。

 その背後には、彼らを見守る優しそうな親がいる。


 いいな。

 わたしにもママがいたら、大切にしてもらえたのかな……。


 ただでさえ頭が痛いのに、泣いたせいでさらに頭が痛い。それでも6歳のニーナは、涙をとめる術を知らない。

 声を殺して、ニーナはひたすら泣き続けた。





『3年も浪人してどこにも受からないなんて、アンタはうちの恥だわ』

『予備校代だってタダじゃないんだぞ。それなのにお前は……』

『もういいよ、姉さん。俺が現役で受かったんだから、姉さんは医者にならなくたって』


 悪意に満ちた声が頭の中に響いて、飛び起きるのと同時に目を覚ます。


「ごめんなさいっ! 来年こそは絶対、合格してみせるから……」


 目を開けた瞬間、視界に映った自分の手に驚く。そこにあったのは成人女性の手ではなく、明らかに幼女の手だったから。

 とはいえ、クリームパンのようにもっちりとした可愛らしい手ではない。貧相でやせ細った、哀れな子供の手だ。


「……もしかして、これって」


 異世界転生、ってやつ?


 そう思った瞬間、頭の中にこの少女の情報が流れ込んできた。

 名前はニーナ。物心ついた時から両親がおらず、親戚の家を転々としてきた。現在は遠縁のソフィーに引き取られ、その息子である9歳のロルフと共に暮らしている。

 ただ、家族扱いはされていない。死なない程度の食事を与えられ、幼いながらにこき使われる日々。


 そして彼女は高熱を出し、きっと……。


 死んじゃったんだよね。


 そして、彼女の体に椿つばきの魂が入ったのだ。

 椿は日本に暮らす35歳のOLだった。浪人しても結局医学部に受からず、滑り止めで受けた化学科に進学し、中小企業のMRとして働いていた。

 死因は事故だ。道路に飛び出した幼い子供を庇って、車にひかれた。

 後悔はない。医者になれなかった自分でも、誰かの命を助けられたことが嬉しいから。


「……この子も、わたしと同じだ。ううん。わたしよりひどい……」


 幼いせいか、少しだけ舌ったらずな喋り方になってしまう。

 深呼吸をして、ゆっくりと立ち上がってみた。


 窓に映った姿が痛々しい。亜麻色の髪は手入れされていないせいでぼさぼさで、痩せすぎて頬がこけている。顔色だって悪い。

 服をめくると、手や足に無数の痣がある。これは、ソフィーに殴られた痕だ。


「……苦しかったな」


 ニーナの記憶や感覚は、生々しく残っている。ソフィーに暴言を吐かれ殴られても、ニーナはいつか彼女から抱き締められる日を夢見ていた。


 おこられるのは、わたしがだめな子だから。

 頭がわるくて、同じことを何回言われても覚えられない、ばかな子だから。

 のろまで人をイライラさせる子だから。

 全部、わたしのせいなの。


 だから、悪いところをなおせば、きっと認めてくれる。家族の一員として、愛してもらえる。


「……そんなわけないのに」


 左腕にできた痣を右手で優しく撫でる。するとその瞬間、眩い光が手のひらから放たれた。

 眩しさに目を閉じてしまった次の瞬間、ニーナの腕から痣が消えていた。


「嘘……!?」


 試しに、全身のいたるところにある痣に手をかざす。同じように手のひらから放たれた光が、ニーナの痣をあっという間に治療してしまった。


「もしかしてこれって、魔法……!?」


 魔法は神様からの授かりもの。生まれつき魔法が使える者や、ある日いきなり魔法が使えるようになる者がいる。

 しかしそれはかなりの少数派で、ほとんどの人間は魔法を使うことはできない。


 ニーナも当然、魔法なんて使えなかった。


「もしかして、転生をきっかけに……?」


 落ち着いて状況を整理しようとしたところで、部屋のドアが乱暴に開かれた。ソフィーである。


「あんた、熱は下がったのかい」

「あっ、はい……」

「だったら、水でも汲んできな。働かない奴に食わせる飯はないよ」


 木で作られた桶を投げられる。慌てて避けなければ、ニーナの足に直撃していただろう。


「さっさと行け、このグズ!」


 桶を拾い、部屋を飛び出す。やせ細った足では、走るだけで苦しかった。

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