1億年ボタンを押した少年は、内部で実験しまくってたら最強になりました

レルクス

第1話 不思議なボタン

 一人の少年が、羊皮紙にペンを走らせる。

 表にまとめられた数字と、いくつもの本。


「今はすごく晴れてるけど、明後日かな。大雨になりそうだ」


 ペンをテーブルに置いて、両手を上に伸ばす。

 中性的な印象のある顔にも力が入って、ふうっと、息をついた。


「……さて、資料にして、村長のところにもっていかないと」


 ペンを素早く走らせて、資料を作っていく。

 少年のペンの動きは慣れたもので、あっという間に出来上がった。


 満足そうにうなずくと、窓から外を見る。


 よくある辺境の村。といえるだろう。


 畑が広がっており、遠くを見れば村の端が見えるような場所だ。


 グランビレア王国の東にある辺境の村。ギルテ。


 その中でも、隅の方にある一軒家から、村を見る。


(……普通だよなぁ。特産品もないし、図書室もない。たまに行商人が来るから、作物を売ってお金にして、必要な物を買う。それだけの村だ)


 見える家はほぼすべてが平屋だが、唯一、二階建ての建物がある。

 少年はその家を見て……。


(村長もずーっと、同じ家の人が代々やってるみたいだけど、村に特徴がなさ過ぎて王都の政治とか関係ないから、ちょっとした税を納める程度)


 少年の視線は、村よりも、はるか向こう。


(そういえば、あの山には、村と、小さな神殿があるって話を聞いたことがあるけど、どんな場所なのかはよく知らないんだよなぁ)


 視線は山に向けられたが、別に大きな意味もない。


 ……よく知らない。と少年は内心で呟いたが、表情に変化がないところを考えると、何回も考えたことがあることだ。


 別に、大きな興味があるわけではない。

 ただただ、いつもと同じように、何回も考えてきたように、『よく知らない』と思っただけだ。


(それよりも……最近は、ある程度、予測できるようになってきたけど、まだまだ、わかんないことはあるんだよなぁ)


 山を見て、視線はそれよりも上に。

 大空に向けられる。


(……まぁ、いいか)


 視線が下がる。

 地面に広がる畑を見て……。


(もうそろそろ、収穫時かな)


 畑と、平屋と、山と、空。

 それが、少年にとっての全てといえる。


(あー、いや……それで全てっていうと、ちょっと違うか)


 そう思った時だった。


「おい、リューカ! まだそんなガラクタみてえな紙とにらめっこか! この本の虫め!」


 乱暴に扉が蹴破られ、泥のついたブーツが土間の土を汚す。

 聞き慣れた、そして心の底から聞きたくない声。

 領主の息子、ドルトンが、いつものように薄汚い笑みを浮かべた取り巻きを二人引き連れて立っていた。


 三十路を過ぎているはずの男だが、その言動はそこらの悪ガキよりも幼稚で、服装も手入れされていない上着を着ているだけで、威厳など欠片もない。


「……ドルトン様。何か御用でしょうか」


 内心では、ひどくうんざりする。

 しかし、ここで逆らっても、殴られるか、あるいはもっと面倒なことになるだけ。

 それがこの村の現実だった。


「ククク、今日はテメェにピッタリの面白いモンを持ってきてやったぜ」


 そう言ってドルトンが懐から取り出したのは、赤黒く、奇妙な紋様が刻まれた古びた金属製のボタンだった。

 一見して尋常な品ではないことが分かる。そこまで魔力の素質は優れていないリューカだが、そんな彼から見ても、そのボタンからは『淀み』が感じられるほどだ。


「なんだかよく分からんが、珍しい魔道具だ」


 ドルトンはそれをリューカの目の前に突きつける。


「お前、難しい本を読むのが好きで、変わったモンにも興味があるんだろ? なら、ちょうどいいじゃねえか。俺様のために、このボタンを押してみろよ。どうなるか知らんがな。実験台だ、実験台!」


 取り巻きたちが「ひひっ」と下卑た笑い声を漏らす。


 リューカはボタンを見つめた。ドルトンが持ってきた、正体不明の代物。危険な罠かもしれない。呪いのアイテムかもしれない。

 そもそも、良いアイテムだというのなら、他人に使わせはしないだろうし、延々と自慢し続けるだろう。


(怪しい、あまりにも怪しすぎる。ただ、こいつは隠し事ができるような奴じゃない。よくわからないっていうのなら、本当によくわからないんだろう)


 長い付き合いだ。この男のことは、よくわかっている。


「おい、どうした! グズグズするな! 俺様の言うことが聞けねぇってのか! この村で生きていけなくしてやろうか!」


 ドルトンの声が脅迫の色を帯びる。取り巻きたちが一歩前に出て、威圧するようにリューカを睨みつけた。


 どうやら、選択肢はないらしい。


(そういや、村長が言ってたな。三十半ばになるドルトンだが、村を任せるのは無理だから、俺をドルトンの手伝いとして正式に雇いたいって……まぁ、天気の研究をしたいし、村長の手伝いの給金で十分だから、断ったけどさ)


 三十半ばになる息子に対し、後を継がせることはできない。

 言い換えれば、ドルトンでは、村長という責任を果たすことはできない。


 だからこそリューカに頼んできたが、彼には彼の、時間の使い方がある。

 しかし、そこで頼んだこともまた、この見るからに横暴な男のプライドを刺激したのだろう。


 それこそ、こんな、得体のしれない魔道具の実験台にしようと思えるほどに。


「……わかりました。押しましょう」


 その言葉に、ドルトンは満足げに歪んだ笑みを浮かべた。


 リューカは震える指を伸ばす。赤黒いボタンの冷たい感触が、指先に伝わる。


 カチリ。


 軽いクリック音を残して、リューカの意識は、世界から離れていった。

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