ある少女と吸血鬼

ちぎれ合皮

第1話



真冬の真夜中。満月が窓の上部に浮かんでいた。女は黒いマントを羽織り、月に手をかざした。

「ふふふ、良い夜だわ。今日も美味しい子を探すわよ…」





とある国のとある小さな町。海沿いで船が中継地とする港があるその「37番街」は、他の村や街と同様に教会を中心として人々の生活が成立していた。しかし他とは違うことがひとつ。昔から吸血鬼が出るという噂があった。その吸血鬼の女は夜な夜な出歩いて、外を歩いていた美しい人間を見つけては襲って血を吸うというものだ。

「ふんふふーん、どんな可愛い子に会えるかしら〜!可愛い子こんな時間に外歩いちゃいないんだけど〜!」

吸血鬼の女は笑顔で大きな独り言を言いながら家の前の通りを歩いた。

「ん?」

ふと自身の真横の木の下に目をやると、そこにはしゃがんで震えながら手に息を吐いている少女がいた。赤いカチューシャで留められた、月明かりで輝く黄金色の髪。さらけ出された白く細い首、不安げに伏した長いまつ毛と黄金の瞳。彼女の姿はどこを見ても美しかった。

「ド...」

吸血鬼は目を丸くしてその少女を凝視した。

「どタイプ...!!」

思わず声に出して言うと、少女は吸血鬼の方に気付き顔を上げた。

「あ......えっと...こんばんは...」

少女は困惑してそれしか呟くことが出来なかった。

「こんばんは、良い夜ね」

微笑みながら吸血鬼は少女の真正面に立って返事をした。少女は

「そう、ですか…ね……」

とだけ言って黙ってしまった。吸血鬼はそんな姿にもときめいていた。困惑する美少女の姿は健康に良いのだ。手を擦りもじもじとした様子で何かを言おうとしているようだった。そしてついに

「あ、あの!」

と大きな声で言った。

「ここ、どこですか…?」

今度は小さな声でそう尋ねた。

「……やぁだ、迷子ちゃん?」

「…はい」

少女は俯いて答えた。吸血鬼は一瞬驚いたものの、直ぐにその顔は獲物を前にした鬼の妖しい笑みに変わった。

「あはは!よりによってこんな場所に迷い込んじゃうなんて!……運が悪いわねぇ、あなた」

最後は低く小さな声で呟いた。聞き取れなかった少女は「え?」と聞き返したが、吸血鬼はそれを無視して

「寒いでしょう、あたしの家にいらっしゃい」

と先程でてきた巨大な館を指さした。少女はその方向を見て

「えっ、そんな、悪いです」

と断ろうとした。しかし吸血鬼は意に介さなかった。

「あなた、教会の学校の子よね、その制服」

「……はい」

「はぁ、めちゃ遠いじゃないの。どうしてこんな夜にこんなところ来てんのよ。」

「……それは」

「知らんけど、来なさい。あなたみたいな小さい子、ほっとけないわ」

そういうと吸血鬼は長い爪の手を差し出した。

「子供が遠慮すんじゃないわよ、あったかくしてあげるから来なさい」

「……はい」

少女は少し緊張した顔でその手を取った。

「ご迷惑おかけします」

「だから、気にしないの」

吸血鬼はその手を掴むと、少女が驚くほどの力で引き上げて少女を立たせた。

「ゆっくりお茶しましょう?ね?」

風が吸血鬼の髪をささやかになびかせた。至近距離で微笑む赤い目は怪しく美しく、釘付けになった少女は不思議な感覚に包まれ目をそらすことが出来なかった。ゆっくりと吸血鬼が少女を歩くように促すと、少女は正気に戻って隣に並んで歩き始めた。先に中に入った吸血鬼に導かれるまま、開かれた扉の向こうへ踏み込んだ瞬間、少女の姿は勢いよく引き込まれ扉の向こうへ消えていった。






その町に出る吸血鬼は、獲物を生きて返すことはなかった。その吸血鬼は加減を知らなかったため、人間たちの血を吸い付くしては殺してきたのである。



「ようこそ我が家へ。寒さなんて、すぐにどっか行くわよ」

真っ暗な玄関の中で、吸血鬼の声だけが響いていた。

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