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「海向ってなんで大学来たの?」
あさぎが帰った後の砂浜で、裕樹がシートをたたみながら急に聞いた。
「漁師になるなら、高校出てすぐにでもなれたでしょ? 今日の泳ぎっぷり見てますますそう思った」
「俺はそのつもりだった」
海岸の風に当たりながら答えた。体の表面が乾いてぱりぱりした。
「でも親が行けって」
「ああ、将来のこと考えて」
「いや、大学じゃなくても良かったんだけど、海から離れた生活を経験しろって」
「へえ」
洸太郎も興味を引かれたのか顔を向けた。
「どっかの山で住み込みで働くとか、海のない国で放浪の旅するとか、なんでもいいって言われて一番無難な大学にした」
「無難に大学選んだのは俺も同じなんだけど選択肢が違いすぎる」
洸太郎が笑う。
「海向は海から離れて生きてはいけなさそうだけどな」
裕樹は僕の顔を見て言った。僕は頷く。
「自分でもそう思ってる」
「それに海向くんいないとあさぎちゃんが寂しいんじゃない?」
美里も口を挟んだ。
「海もそうなんだけど、むしろあさぎとつるむのやめろってこと」
「え、あさぎちゃんと?」
三人全員が、特にいつも好き勝手に喋る洸太郎と美里までがめずらしく揃って僕の話に注目していた。なんとなく片付けの終わった砂浜に座り込んだ。
「高二の夏前くらいに、俺が怪我して泳げない日があったんだけど」
思い出しながら話す。岩場に右足を投げ出して座った日のこと。三人も黙って座った。
「泳ぐの禁止されたことなんて初めてだったよ。そんで我慢できなくて、制服のまま海入っちゃったんだよね」
その日は結局満足するまで泳いだ。といってもさすがに遠くまでは行かなかったし、いつもより余計に疲れたからほとほどにしたくらいだった。
「あ、怪我はただの捻挫だから大丈夫。ただ包帯して制服のまま入ったのはバカだったね。帰ってから説教されて、お前はまず陸で生活する経験を積めって話になった」
「そんなに夢中になれることがあるなんて、いいことだと思うけどねえ」
たたんだタオルの上にちょこんとお尻を乗せた美里が言う。
「それに、人魚とか関係なくあさぎちゃんみたいに仲良い相手がいるのっていいことじゃんね」
洸太郎が続けた。黙って頷いた。いいことじゃんね、と彼の言葉をなぞって思う。あさぎみたいに悪ノリも本気の泳ぎもできる相手はそういない。
砂浜は日が傾き始めていた。腹減ったなあと思う。帰ってシャワーを浴びたら飯だ。人が来ているから叔父さん叔母さんもうちに来て一緒に食べるだろう。その前に車を出して酒買いに行った方がいいかもしれない。洸太郎は酔うと騒ぐから無理に飲ませるなと叔父さんに言っておこうかと考える。
田舎だから、大したものお出しできなくてごめんなさいねえ。母が言うと、テーブルの前で三人が口々にお礼の言葉を言う。
「普段一人暮らしだと刺身なんて食べてないんで。本当嬉しいです」
大皿に盛られた鮪と鯛と鯵、タコ、甘エビの刺身を前に裕樹が言えば
「やっぱ鮮度が違いますよね」
とわかってるんだかどうだかわからないことを洸太郎が言う。
食卓には刺身、父の好きな酢の物、できたてのいい匂いを放つ唐揚げ、叔母さんがよく作る春巻きとかちくわの和え物。それに焼酎とビール。いつもの食卓。客が来たからって見栄を張らないのはいいことだ、と僕は思う。たぶん父もそういう意見だからこうなのだろう。叔父さん叔母さんも来たから半分は叔母さんが持ち寄った料理だ。近くに住んでいるとこういう行き来はよくある。テーブルはそもそも四人掛けのものを拡張して六人掛けにし、さらにお誕生日席みたいに側面に二人詰め込んで八人座った。
「せま」
と座った僕はまず正直に言ったが、充分広いよと市街地育ちの洸太郎はお誕生日席に座って言う。お誕生日席はテーブルの中心からちょっと遠いので大皿のものを取るのにいちいち苦労している。反対側に座った父はたまに母に取るように頼んでいるけど、お喋りが盛り上がっている時などたぶん食べられないで諦めている。
「農家の家って友達にも何人かいるんですけど、漁師の家って私初めてです」
母の隣に座った美里が話す。
「海以外に見るものないでしょ」
「そんなことないですよー」
母、美里、裕樹の並び、その向かいが、叔父さん、叔母さん、僕という席になったので美里は隣が母で向かいが叔母さんという並びなのだがちっとも窮屈そうではなく、むしろ女性同士で打ち解けてしまったようだ。
「海向くんのこと、無口だなーって思ってたんですけど今日わかりました。これが海の男なんですよね」
「そう。海の男は余計なこと言わなくていいのよ」
「でもたまに言わなさすぎるのよねえ」
母が同意し、叔母さんが頷く。横でそれぞれの亭主が苦笑いをし、あとは黙々と食事をして酒を飲んでいる。
美里が母と叔母さんと盛り上がって近くの温泉へ出ていったところで、僕も席を立った。叔父さんは先に帰り、父ももう床に就く。明日も仕事は朝早い。ついでに仕事でもない洸太郎もよく飲んで就寝した。
外に出るとチャンネルを変えたかのように急に静かになる。まだ蒸し暑い中をサンダルをつっかけて歩いていく。家の敷地の砂を踏むサンダルがざりざりと音を立て、アスファルトのかすれた音に変わり、海に近づいてまた雑草混じりの砂の音になる。砂浜ではなく岩場の方へ向かった。
岩に登り日暮れの海を見ていると、後ろで足音が近づいてくるのが聞こえた。
「海向」
裕樹が僕を呼んだ。ビーサンで歩きにくそうに岩場をあがりながら
「まだ泳ぎ足りないの?」
と聞いてくる。答えないで待っていると、よっこらと僕の隣までやってきた。農家の生まれのくせに、彼はたまに都会育ちのシティボーイみたいな軟弱な仕草をする。将来は新しい世代の農家なんて呼ばれてインテリ農業とかやったりして。コンタクトを外してメガネ姿になった裕樹は、開襟シャツの胸ポケットから出した煙草に火をつける。
「海に吸い殻捨てたらぶん殴る?」
「突き落として拾えって言う」
「じゃ、やめとく」
深く煙を吐いて笑った裕樹は手の中の携帯灰皿に行儀よく灰を落とした。
「まあ、海向の庭に捨てるみたいなことだもんな」
「家の庭なら父親がポイ捨てしてるけど」
「捨ててんのかい」
裕樹が声を上げて笑った。
「海は庭じゃないけど、今から寝ようとしてる布団にポイ捨てされたみたいな気分になるかも」
僕の言葉に裕樹がこちらを見る。一度顔をそむけて煙を吐いてからまたこちらを向いて
「海が近いよな」
と曖昧なことを言った。呆れたような感心したような恐れるような声だった。
「海向の場合、好きとか嫌いとかのレベルじゃない」
裕樹はそこで言葉を一度切ってから
「なんか本能的に?」と続けた。
「海を離れるのが想像できん」
「それがちょっと度を越してる感じ」
いいことなのか悪いことなのか、図りかねた口調だった。
「生まれ育ったんだからそうだよ。裕樹も急にタワマンで生活とかできないだろ」
「そうだけど、俺は地元出たし。家の畑とか土はたまに帰ってきて触れるくらいでいいと思ってるから」
僕が黙っていると裕樹が続ける。
「お前のこと無口だなと思ってて、海の人間ってこうなんだなって俺も思ってたよ。でもそれだけじゃない。お前の親父さんも寡黙な人だけど、周りとか俺らのことはよく見てる。海向はどこにいても半分は海の方見てる感じがする」
僕はサンダルを脱ぎ足の裏でまだ昼の熱を帯びた岩の感触を確かめる。それから岩に腰を下ろす。引き潮で海面は遠い。裕樹も僕に続いて横にこわごわ腰を下ろした。別に海のこと以外も考えてるよ、ちゃんと卒業したいし、バイトもあるし。と言いたいけどそうじゃないと言われそうなのでやめる。僕はただ口下手なだけだと思う。
大学に来て裕樹たちと知り合って最初に思ったのは、大勢の人間と言葉で渡り合ってきた人だな、ということだった。大学の人の多さには圧倒された。世間一般の大学の中では標準的なのだろうが、日常的にこんなに人を集める必要があるんだろうかと思った。そしてこんな大勢の人の間でやっていく処世術がそんなにも必要なのだろうかと。周りに人がいればいるほど自分が小さくなる気がした。何をやっても手応えがなかった。顔を合わせれば話をする。話せば返事が返ってくる。そういう時、そこには僕の顔や話す声しか存在しない気がした。
でも、ここも海と変わらないな。何度目かに来た大講堂で、学生で埋まった座席を見渡してふと気づいた。膨大な海があるか人がいるかの違いだ。どんなに賑やかでも最終的には自分一人だ。海に対して自分がやれることがあるように、大勢の人間に対して一人の自分がやれることがある。その結果がどうなるかは誰かが決めることじゃない。
「海で死にたいとか思ってない?」
急に裕樹は物騒なことを聞く。
「なんだよ」
「思ってそうなんだもん。布団の上では死ねない、みたいな」
「可能性としては」
「やめろよ」
「いや、毎日船乗ってたら海で死ぬ可能性は絶対あるって話」
「そうかもしれないけどさあ。でもちゃんと生きて帰るつもりでいてくれよ」
なんか大げさな話になっちゃったな、と裕樹は取り繕うように付け足して、携帯灰皿に吸い殻を押し込む。僕はまた思い返していた。制服で海に入った時のことを。
あの日は夕方まで泳いだ。戻ってくると岩場に所在無げに立つ母がいて、僕が水から上がった瞬間に「海向!」と声をあげた。
「戻ってきた!」
近くにいた父親が僕を見るなり叫んだ。それに呼ばれてさらに人が来て、見ると叔父さんと叔母さんだった。海からあがった僕は急に両親と叔父叔母の四人に囲まれるかたちになった。
「あさぎは」
父が聞いた。口数が少なく怒っていなくても荒っぽいいかにも海の男という父親だから、その時も怒られているのではないとは思った。単に遊んで帰るのが遅くなって頭をはたかれるのとは違っていた。
「途中でわかれてきちゃったけど」
さっきまで一緒に泳いでいたあさぎは日暮れの海に帰っていった。なぜ叔父さん叔母さんまでいるのかわからないままそう答える。
「あさぎに誘われて海入ったのか」
今度は叔父さんが聞く。あ、やっぱ制服のままでしかも怪我してんのに泳いだから怒られるのか、と思う。
「何考えて入った」
父がまた聞く。問いただすというより状況確認みたいな口調が逆にこわかった。父には学校のこととか、ゲームのしすぎとか宿題をしないとかで怒られたことはあまりなかった。ただし海で危ないことをすれば誰よりも早く問答無用で手が飛んだ。気を抜いたら死ぬ可能性のある海で、悠長に言葉でわからせる暇なんてない。その父に静かに訊ねられてわけがわからなかった。怒るならさっさと一発ぶん殴って終わらせてほしかった。
「えっ、と、泳ぎたくて我慢できなくて。別にいいかって思って」
何か答えないといけない空気だったので必死に絞り出す。
「ただ泳ぎたかっただけか」
「はい」
「せめて一回家に帰るとか考えなかったか」
「足捻ってて歩くの時間かかるし」
「歩けないのに泳げると思ったのか」
もっともなことを言われ、すんません、と素直にうなだれる。どんな説教も聞くしかないという気持ちになったが返されたのは呆れのため息だけだった。
こいつはほっときゃいくらでも泳いでるから、と僕を見据えるのをやめた父は叔父さんと叔母さんに言う。ごめんねえ、と叔母さんは父と母にしきりに謝っていて、それを母がなだめていた。
「あの時は心配されてた」
思い出話に聞こえるように言った。
「海に入ってあんな顔されたの初めてだった」
「海から離れて生きてみろって親御さんが言ったの、俺なんとなくわかるよ」
「ちゃんと反省してる。親父だって怪我したときは漁休んでたし」
「違うよ」
裕樹が首を振る。
「怪我は関係ない。つーか悪いことだって責めてるわけじゃない」
言葉を探して裕樹は詰まる。つべこべ言うより泳いだ方が全部わかるのに。僕はそういう気持ちになる。それがいけないから海から離れろと言われたんだろうか。
「怪我して部活休んだはずのお前がいつの間にかサンダルとワイシャツだけ海岸に残していなくなったらやばいって考えるよ。人魚のいる海でさ」
裕樹が途中で口をつぐむと、聞こえるのは波の音だけになる。
「一度もっと本気で海のないところで生きることも考えろよ」
「は?」
僕が海を離れて何をするんだ。山でも登るか?
「泳ぐのが本当に好きなのはわかる。あさぎちゃんが大事なのもわかる。でも泳がなくても海向は海向なんだよ」
「じゃ、泳がなくてもあさぎはあさぎだって言うか?」
「あさぎちゃんはお前とは違う」
「ああ、俺と裕樹が違うように違う」
岩の上で隣に座った裕樹の顔を見る。裕樹は何か言いたそうな顔だけをして黙った。あたりは薄暗くなってきたが互いの表情はまだ見えた。
「海向はさ、ほっとくと海に帰っちゃいそうなんだよ」
僕が海に視線を戻すと裕樹が言った。空気を変えるような冗談めいた口調はわざとだと思った。
「さすがに海の中には住めないよ」
「そりゃそうだけど」
首にさげたホイッスルを指先でもてあそぶのを裕樹が見ていた。
「なんであさぎの方が上手く泳げるんだって、昔からよく思うんだよな」
僕が言うと裕樹が答えに困ったのがわかった。そんなの当たり前だって頭ではわかってんだけどね、と今度はこっちが空気を変えるように軽く言った。
「あさぎちゃんは、家に帰りたいって言うこととかないの?」
同級生の話でも出すように裕樹が言う。
「あさぎの帰る家はもう海だけだよ」
「でも両親に育てられたんだろ」
「裕樹が実家出たのと変わんないよ。親は親。特に俺の父親と叔父さんは漁でほとんど毎日会ってる」
「ふうん」
裕樹はそこで一呼吸置くと、
「海向、これは俺が勝手に思ったことだから気を悪くしないでほしいんだけど」
そう慎重に前置きをした。
「そのホイッスル、泳ぎすぎて沖まで流された時のために持たされたって言ってたろ。でもそれだけじゃなくて、あさぎちゃんに沖まで連れてかれた時のために、って心配もあるんじゃないか」
遠くの方で波が光って、一瞬あさぎかと思ったけど違った。
「俺の地元にも人魚の言い伝えがあるんだよ。山の方だからこっちと違うと思うけど」
「いや、たぶん同じだよ。海に引き込まれるって話だろ」
遮って答えた。人魚は人を海に引き込むと言われている。しかし漁では役に立つ。要は付き合い方に気をつけろと。でも、あさぎを見てるとわかるけどあれは悪意があるんじゃなくて、本当にただ海に入ればいいと思って誘ってるだけなのだ。
「あさぎが本気で俺を引き込むつもりならとっくに引き込まれてる」
「そう。引き込まれてるんだと思う」
それは、思う、という言い方にしては断定口調だった。
「あさぎちゃんが違う生き物なんだって、お前近すぎて忘れてるよ」
「忘れてない。そもそも人魚は種じゃないんだよね。長く海で生きてる人間の突然変異みたいなもんって言われてる」
もしくは、海と人の間に生まれた存在とも言われている。
「だからあさぎちゃんは海が生きる場所だし、海向は陸が生きる場所だよ」
「俺は漁師だよ。海が生きる場所だよ」
「言ってる意味わかるだろ」
裕樹の口調は次第に説得じみたものになっていた。だよな、と思う。海って怖いから。怖いものって惹かれるから。でも惹かれることも怖いことだから。そんな海と人の間に生まれたのがあさぎだったらいいなと思う。
「海向は陸にいてくれよ」
答える代わりにホイッスルを吹いた。隣で裕樹がびくっと反応して、それから「やめろ」と僕の左手を押さえた。無視してもう一度吹く。思ったよりすぐあさぎは現れた。顔を出しはしなかったが波の隙間に背中から尾びれまでを何度か見せた。僕は着ていたTシャツを脱いで「持ってて」と裕樹に渡した。
「それか一緒に泳ぐ?」
渡されたTシャツを手に、裕樹はじっと僕を見据える。
「わかれよ。引き込まれてるんだよ」
「泳ぎ足りなくない?」
それ以上何も聞かずに飛び込んだ。
体に水面の衝撃を受ける。そして一瞬、時が止まったように周りの音が消える。海では一人だといつもそこで実感する。でも、同時にそこでは自分が存在している手応えがあった。僕はどこよりも海にいる時に自分がはっきり存在していると思えた。僕にとっては泳ぐより確かなことも、海より確実な存在もなかった。
あさぎの姿が青白く霞む水中の先に見えた。近づいて彼女の腕をつかみ、力いっぱい水を蹴った。思いっきり遠くまで泳ごうぜ、の合図だ。変な時間だったからあさぎは一瞬ためらう様子を見せたが、すぐに僕を追い越して泳ぎ始めた。ぐんぐん前を進んでからふわっと止まって、遅いよとでも言うようにこちらを振り返る。
追いついたところであさぎの腰のあたりを両腕で抱えて捕まえた。体が人から魚に変わるあたり。こうして捕まえるとさすがのあさぎも泳ぎにくいらしくて、逃れようと身をよじる。水中ではどうしたって勝ち目のない僕があさぎを邪魔できる唯一の方法だ。細い上半身をあさぎがくねらせる。紺色の水着の下には肋骨があり背骨があり引き締まったウエストがある。そこから続く魚の体を抱きすくめると、人の体とは違うぱんと内に水を張ったような感触を両腕に感じる。水の中では僕が勝てない体。陸にあがれば乾いてしまう体。あさぎがもがく。実際人魚の尾びれの向きは魚ではなくイルカやクジラと同じ横向きで、それをばたつかせるから僕は上下に揺さぶられる。細い上半身からは想像できないほど力強い。足まで使って押さえ込むといよいよ動きは激しくなる。
しかしそのうちに僕の息が続かなくなり、あさぎはするりと逃げ出す。勝ち誇った笑みのあさぎから手を放して水面へ顔を出した。
だいぶ遠くなった岩場に立つ裕樹の姿が見えた。軽く手を振る。帰ってこい、と裕樹が叫ぶのが聞こえる。美里たちも帰ってくるよ、洸太郎起こして飲み直そう。そう叫んでいる。すぐ戻るよ、わかってる。
わかってる。大人になるにつれて人魚は海へ還っていく。帰省のたびに、あさぎが顔を出す位置が沖になっているのは感じていた。僕が漁師になる頃には会うのは船の上だろう。僕は漁をする。海の話をする。陸の話も少しはする。たまにはこっちにも顔を見せろよと言う。引き止めたくないわけじゃない。でも引き止められて聞くあさぎであってほしくない。ずっと遠くの海まで行ってほしい。でもどこまでも追いついて泳ぎたい。僕はどこまで追いつけるだろうか。それとも本当は泳がなくても生きていけるんだろうか。
泳げるでしょ、とあさぎに言われたのを思い出す。海向いないとつまんない、と言われたっけ。そうだよな。あさぎも同じなのだ。引き止めて、どこまでも追いついてきてほしいのだ。あさぎにとって、僕といることも海に還ることもどちらも自然なことだ。それは僕にとってもそうだ。
僕はずっと泳ぐ。それしかできない。そのあとは海が決める。
あさぎがふっと僕の手をつかんで引いた。わかってる、と思う。まだ全然泳げるよ。競ってぐっと水を蹴った。
海を蹴る 芳岡 海 @miyamakanan
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