第2話



 それはある昼下がりのこと。

 おじいちゃんとキイ君と僕、3人で食後のお茶を飲みながらおしゃべりしていたら、ふいに、ブブブブ、と虫の羽音に似た音が聞こえ出した。音の主を探してきょろきょろしていると、

「あ、ごめん、俺だ」

 キイ君はズボンのポケットからなにやら黒くて薄い板のようなものを取り出した。それは細かく震えていて、その震える音がブブブブ、と虫の羽音みたいに聞こえるらしい。

「はい」

 キイ君は手のひらに収まるくらいのその板を耳に当てた。立ち上がって窓の方へと歩き出す。虫の羽音は止まっていた。

「……エンディヤさん? ……はい、はい。……気が進まないな、だってあれは……。

 ……んー、でもエンディヤさんの頼みなら」

 僕はおじいちゃんと顔を見合わせる。

「誰かとお話してるみたい……」

「……あの板の中に、妖精でも居るのかな?」

「あ、なるほど」

 僕とおじいちゃんがひそひそと話している間にも、キイ君と妖精さん(?)との会話は続いていた。

「……はい、じゃあ、明日にでも。

 着いたらまた連絡します」

 キイ君はため息をひとつついて、板を耳から離し、ポケットに仕舞おうとした。

「キイ君、それは何だね? 珍しいもののようだが」

「あ、これ?」

 おじいちゃんが声をかけると、キイ君は笑って、手のひらの中の板をテーブルの真ん中に置いた。

「今、街の方で流行ってる魔道具だよ。魔力通伝盤、略して魔伝盤とか魔伝とか呼ばれてる。水晶玉と同じ素材を使って作られたものなんだ。同じものを持ってる人や水晶玉を持ってる人と、離れた場所でも話ができる。相手の様子をここに映して見ることもできる。図書館や役所の水晶玉に繋いで、ことばを伝えるだけで調べ物をすることもできるんだ」

「すごく便利……!」

「触ってみてもいいかい? ……表面は鏡みたいだな。つるつるして……これは誰でも使えるのかい? 高価なもののようだが」

「最初に使用者が魔伝盤と契約を交わすんだ。使用者の魔力を感知しない限りは動かないよ。でも確かに素材が高価だから、盗難とかには注意が必要だね」

 キイ君は魔伝盤をズボンのポケットに仕舞った。

「こんなもの持たない方がいい、いつでもどこにいてもおかまいなしに呼び出されるからね」

 キイ君はげんなりした顔でこぼして、お茶をぐいっと飲み干した。

「じゃあ今のは、お仕事の呼び出しだったってこと?」

「……うん。明日、出掛けなきゃいけない。やだなぁ、めんどくさいなぁ。でも、世話になった人の頼みなんだよね」

 そう言ってキイ君はまた眉尻を下げて笑った。



 翌日。

 キイ君の小屋にお弁当を届けに行くと、小屋には人の気配はなくて、ドアに貼り紙がしてあった。

『二、三日留守にします』

 僕は少し残念だった。キイ君、朝早くに出ちゃったのかな。出掛ける前に少し会いたかったな。昨日のうちにいつ出掛けるのかちゃんと聞いておけばよかった。

 僕は渡しそびれたお弁当を持ち帰った。

 家事や畑仕事をしながら、何故だかキイ君のことが頭を離れない。

 キイ君の持ってた魔伝盤。あれをもし僕も持っていれば、そばにいなくても不安にならずに済むだろうか。

 いつでもどこにいても呼び出されて……ってキイ君は言っていたな。いつ連絡が来るかわからないなら、かえって落ち着かないかもね。



 キイ君が出掛けてから五日目の夜が来た。彼はまだ帰ってこない。

 僕は寝不足だった。昨日の夜も一昨日の夜も意味なく夜更かししてしまったのだ。気持ちがそわそわして眠れず、本を読んでいても何も頭に入ってこないし、部屋の整頓をしようとしても何度も手が止まってしまう。キイ君は今どうしてるかな、そればかり考えてしまう。

 どうしたんだろう。今までこんなことなかったのに。

 僕は大人になったキイ君がこの森に再び現れた日のことを思い出した。

 あの日から、キイ君と会わない日はなかった。だから僕、きっと寂しいんだ。

 気がつくと目頭が熱くなって、涙がこぼれそうだった。目をこすって、部屋の窓を開ける。森の夜はいつも通り暗くて、雨の粒が木々や葉を打つ音が聞こえる。

 そうか、雨で道がよくないせいで、帰りが遅くなっているのかも。

「キイ君……」

 小さな声でキイ君の名前を呼んでしまう。すると、

「呼んだ?」

 右の耳元でキイ君の声がした。

「えっ?」

 声のした方を見ると、窓の外、すぐそばに旅姿のキイ君が立っていた。

「ただいま、リカちゃん。夜遅くにごめんね。早く会いたくて」

「キイ君」

 キイ君は雨に濡れてびしょびしょだった。笑顔を浮かべてはいるけれど少し疲れているようにも見える。

「玄関に回って。身体拭かなきゃ風邪ひいちゃうよ」

「わかった」

 僕はタンスから大きめのタオルを取って、玄関から入ってきたキイ君の頭に被せた。

「ありがとうリカちゃん」

 見つめてくる瞳が優しくて懐かしくて、僕は照れくさくなってしまう。さりげなく目をそらして「おかえりなさい」と言うと、キイ君は少し屈んで目線を合わせてきた。

「俺がいなくて寂しかった?」

「……さっ……別に、いつも通りだよ、子どもじゃ……ないんだから」

 本当は寂しかったくせに、僕は咄嗟に嘘をついてしまう。

「俺は寂しかったよ。また会えて嬉しい」

 にっこり笑うキイ君。ああ、何だかもう、敵わないなぁ。

 僕はなんとなく手を伸ばして、キイ君のほっぺたに触れた。充分に拭かれてなくてまだ少し水滴がついていたけれど、ちゃんとキイ君の体温が感じられる。なんだかほっとしてしまった。

「リカちゃん」

「……だめ」

「まだ何も言ってないよ?」

「……何?」

「キスしたい」

「だめ」

「だめかぁ」

 キイ君は困ったように笑って肩を落とした。僕は「さっきの嘘だよ。寂しかった。だから今から旅の話を聞かせて」って言おうかどうしようか、迷うはめになった。





【つづく?】

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