第2話 【友だち】

この世界に転生して来て1週間。長いようで短い準備期間を終え、いよいよ「星リリ」のメイン舞台である王立魔法学校へと入学することとなった。


慣れない馬車に揺られながら、これからのことを考える。まず第一目標は、「鉱変更病」の治療方法の発見、これに関してはある程度の道筋がある。とはいえ、ゲームと同じと油断していると取り返しのつかないことになるかもしれない。発見が早ければ早いほどいいのだ、これが現在の優先事項。

タイムリミットは、俺が2年生になって迎える夏までだ。ゲーム内ではリリアナは学園に通っている中で、母親の訃報を受け取るハメになる。母の容体を知らされていなかったリリアナは最後の挨拶すらできないと言うのがゲーム内での決められた未来だ、酷い話だろ。

ゲームでは、その段階で一番好感度が高いキャラが、失意の中にあるリリアナを支えてくれる。要は好感度イベントの一つとして消費される出来事である。しかし、そんなゲームの事情なんて知ったこっちゃない。俺はあの人をなんとしてでも救って見せるんだ。


そして二つ目の目標。「1人でも世界が救えるくらい強くなる」これは卒業までに達成するべき事項である。

星リリは、乙女ゲーム要素8割、RPG要素2割と言ったバランスのゲーム。物語の最後には育成した主人公と、好感度が一定以上ある攻略キャラと一緒にラスボスを倒すのがメインストーリーである。キャラの攻略にある程度のステータスが必要なため、ボス攻略に必要なステータスは普通に生活しているだけで到達できる難易度設定だったぽい。俺がプレイしていた訳ではないため、明言はできないが……。


しかし、俺が目指すのはソロ攻略である。いくら女の子の体だからといって、婚約者がいるイケメンどもとイチャイチャするなんてごめんだ。それに、俺の見ていた配信者は、乙女ゲーの部分が下手すぎて初回プレイで見事、ソロエンドを達成していた。つまり、不可能ではないと言える…はず……。

さらに言うと、ここはゲームではなく現実だ。ターンの制限なんかもないため、育成に必要な時間も、実際の戦闘のシステムも自由にできるのである。

そう、俺はこれから3年間の青春を治療薬の開発と、自己研磨の日々に当てるのである!というか、これが本来の星の使徒に求められる生活だよな……。

そんな思考を巡らせていると、俺を乗せた馬車は目的の場所へと着いたようだった。


馬車の数倍以上の高さの門を潜り抜け、俺はいよいよ学園へと足を踏み入れた……。


あの?踏み入れたいんですけど?


俺は一緒に乗っていた、衛兵さんを見る。降ろして?

しかし、衛兵さんは目を瞑りこちらの視線に気がつかない振りをする。

気が付けば馬車はどんどんと進んでいき、あっという間に校舎のどまん前に止まった。もちろん、周囲の学生からの視線は馬車に集中する。

今度は、降りたくない。と必死に目線で訴えかけるも

「どうぞ、到着いたしました」と無慈悲に馬車の扉は開かれた。こいつっ…!


なんでこんな目立つ目に遭わなきゃならんのだ。朝もそうだった、俺は歩いて学園へ行こうと自宅の扉を開けた時。目の前にはこの馬車が止まっていたのだ。思わず扉を閉めてしまった俺の心境はわかってくれるだろう。話を聞くと、なんでも国からの「ご厚意」だとか。こっちからしたらいい迷惑である。断るのは王命に逆らうことと同義だと遠回しに言われてしまえば、一庶民に出来ることなど大人しく馬車に乗り込むことくらいである。

そうして、馬車の中では現実逃避もとい今後の計画を練っていたのだが……。たかが少女1人にここまでするか?いや、それほど星の使者の存在が重要だと言うことなのか……。


気が進まなかったが、このまま渋っていても避け目立つだけである。俺は覚悟を決めて馬車から降りた。



「つ、疲れた……」そういって俺は机へと倒れ込む。

「お疲れ様、リリアナちゃん」俺の隣から優しく声をかけてくれるのは若草色の髪を三つ編みにした少女「マリー・シモン」ちゃんである。

「マリー…お…私もうダメかも知れない」そういって出会ったばかりの友達に弱音を吐く。

マリーは、星リリのゲーム内にも出てくる重要NPCである。役割は攻略対象の好感度を教えてくれるポジション。設定的にはリリアナの親友ポジである。



時は遡ること数日前


馬車から降りた俺は、案の定注目の的となった。しかし、意外にも誰かが話しかけてくることはなかった。今思えば、派手な登場の裏にあった真意はこれだったのかも知れない。

伝説の星の使者が、王家の馬車から降りてきた。つまり、俺に下手に手を出すことは王族に対しての宣戦布告になりかねない。ということでもある。

この学園に通うのは貴族の坊ちゃん、嬢ちゃんだけだ。そこら辺の教育はしっかり行き届いているらしい。そうして、探るような視線さえ気にしなければ干渉されない環境が出来上がった訳だが……。それすなわち、ひとりぼっちが確定したも同然なのである。


まぁ…いいんだけどさ、元々29歳のおっさんが馴染めるわけもなかったんだしさ…


心の中で強がってみたものの、寂しいものは寂しい…。そんなくだらない思考のせいか、俺は学園内で早速迷子になったわけだ。

「どこ、ここ」俺の呟きは虚空へと消えていく。おかしい、まっすぐ歩いてきたはずなのに。周囲を見渡しても人っこひとりいない。

初日からこんな調子でやっていけるのか。心が折れかけた時に目の前に現れた天使が、マリーちゃんだった。

「あの、大丈夫ですか」俯いている俺にやさしく声をかけてくれた。自分に話しかけてくる人がいることに驚いて思わず固まってしまった。その様子を見て、勘違いをしたのか

「初めての場所で迷子になると、すっごく怖いよね。私もそうだもん」と俺を気遣う言葉をかけてくれた。なんだ、この天使は?


そうして、俺の立場を気にすることなくやさしく接してくれた彼女と一緒に、無事に入学式の会場へとたどり着くことができたのだった。その後も席が隣だったこともあり、あっという間に仲良くなったのである。若者ってすごい。


マリーと仲良くしている様子を見たからか、学園生活が始まってから数日後には俺は人だかりの中心にいるようになった。ある人は、星の使徒と近づくため。ある人は、物珍しさから。ある人は、俺の可愛さゆえに(中身はおっさんだけど、外見は超絶美少女だもんな)。休むまもなく常に人の対応に追われているのが1週間たった今の日常だ。元々、コミュニケーションは得意な方ではないため精神的疲労がかなり溜まってきている。そんな俺を見かねて、マリーは空き教室へと俺を連れてきてくれたと言うわけだ。


「でも、リリアナちゃんはすごい人だから。みんなの気持ちもわかるよ」そうはにかむマリー。彼女はそういうが、本当に俺と仲良くなりたいと思ってくれる人はごく少数である。

「お、私にはマリーがいてくれたらそれでいいよ」と思わず口に出してしまう。その言葉を聞いて、マリーは照れながらやさしく笑ってくれる。


危ない、一歩間違えれば犯罪だぞ。


肉体年齢は16歳の少女だが、精神年齢を考えるとセクハラになりかねない。気をつけなければ……。もちろん、彼女に対して下心がある訳ではない。


この世界に来てから時間が経って、気付いたことがある。それは、俺の思考が若返っていることだ。詳しく言えるほど明確なことがあった訳ではないが、この数日を過ごして周囲の人間との年齢的な格差を感じることがほとんどなかった。これはリリアナの体に入っているためだろうか。どちらかといえば教員の皆さんに共感できる年齢だが、俺の意見や考え方は生徒たちの方に傾いていた。立場がそうさせているだけかも知れないが…。おかけで、コミュニケーションできな観点から言えば孤立せずに済んだとも言える。先ほどの発言も、16歳の俺の友人として。という意味合いで言った訳だし。世界の危機や治療薬の開発も必要だが、学園生活や、自分自身についても考えていかなければ。


俺は自分自身のことに夢中で、マリーの様子が少し違っていることに気づくことができなかった。

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愛されヒロインなんて願い下げ もちごじゅう @Mochi50

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