第7話 準備のための準備 side.柊

 「『文化祭、一緒に回りませんか』、『ありがとうございます!』、『お、おそろい、ですね』…………」

 「『知らないよ』『今から悪いことしよう』『ふふふ、かわいいね』…………」

 「えーんキャプションが上手くまとまらないよお助けてえ」

 悠サンが仲間になって早二日。早速稽古に入った主役二人は、台本の形にした原稿とにらめっこしながらずっとブツブツセリフを転がしている。そんな二人の声をBGMに、ヒイラギお姉さんは文化祭に提出する用の写真説明に悲鳴を上げていた。

 前にも言ったが、ヒイラギお姉さんは文芸部、写真部、郷土研究部の三つの部を掛け持ちしている。つまり、文化祭ハードワーク勢なのだ。といっても文芸部は短編集、郷土研究部は鴻崎さんと朝倉さんのジオラマがメインイベントなので、そこまで苦労するものではない。問題は、写真部だ。

 文化祭で行われる写真の展示。選別はもちろん、キャプションまで部員が考える必要があり、下手なものを出すとやり直しを食らわされる。しかもこの写真展示、毎年結構な人が見に来るので、一層手が抜けないのだ。中にはお偉いさんも来るそうで、運が良ければ口添えなんかもしてもらえるそうな。ヒイラギお姉さんの目標は趣味で稼ぐことなので、是非ともお眼鏡にかなってほしい。なので、さっきからキャプションを書いては消し、の繰り返しを行っていた。

 締め切りは二日後。写真のデータと、キャプションも併せて顧問の先生に提出する必要がある。そうでなくても撮影スケジュールが動き始めてるから、今抱えてる課題はなるべく終わらせないと、間違いなくキャパオーバーを起こすのだ。

 「『……私は、先輩に会いたいだけだから』、『いるよ!!いるんだよ、ちゃんと』」

 「『あーあ、見つかっちゃった』『…………さいあく』」

 「うえええん語彙力が足りないィ……。誰か三島由紀夫の脳持ってこい食べるからァ…………」

 鮮やかで美麗な語彙力が欲しい。難しい語を書き連ねても違和感を感じないような、文章力も。そして展開に詰まってもちゃんと書ききる忍耐と、執筆スピード。過去の文豪たちってかなり頭おかしいと思う。なんで自殺してるとか闘病とかクーデターまがいとか本業じゃないとかなのにたくさん書いてるんですか、しかもおもしろいんですか?何で?一回脳みその中身見してほしい、そしてあわよくばその脳をチタタㇷ゚にして食べて文章の才能をものにしたい。頼む。オラに力を貸してくれ。

 提出する写真は、帰り道に見かけたカモメの写真。なぜか家のすぐ近くの川にいて、びっくりして慌てて撮ったものだ。慌てて撮った割には出来が良いので、今回展示することにした。そして写真のタイトルとキャプションに苦しめられている。

 「『私、私、絶対に』『…………ッ、はい!』」

 「『行こうか』『もう、全部いいから』」

 「何で来ないんだ天啓、何で他の人に行くんだ天啓。これこそが人の夢!人の望み!人の業!業!!」

 もうわけがわからない、イライラしてきたので窓を開けて叫び散らかす。知れば誰もが望むだろう、かつての文豪たちの様になりたいと!何故私はすらすらと文を書けない!何故!パソコンを投げてしまいたい衝動を抑え、ひたすら叫び散らす。誰かに聞かれるとか知るか、聞いたやつが悪い。窓から危なくない程度に身を乗り出して、腹から声を出す。

 「もうやらないからな!誰が二度とガンダムなんかに乗ってやるものか!!」

 「…………ヒイって結構発声良いよね」

 「それな、俺もずっと思ってんだよ。なんとかして……」

 「そんな現実!!!!修正!!!!してやるーーーッ!!!!」

 セリフを一通り読み終わったらしい二人が何か話しているが、知ったこっちゃない。カモメよカモメよ、何故苦しめる。私の心が分かって楽しんでいるのか。性格悪いぞお前。

 ギャースカと叫び散らかして、地団太を踏んで、酸欠で倒れそうになってやっと、落ち着く。五体投地でボーっとしてると、悠さんが顔を覗き込んできた。

 「ヒイだいじぶ?私なんか手伝おーか、アイデア出すとかそーゆーの得意だよん」

 「うん……」

 よっ、と。悠さんに片手で持ち上げられ身を起こす。ぱっと見細く見える彼女の手は意外としっかりしていて、揺るがない体幹と筋肉を感じた。流石運動部、ヒイラギお姉さんとは大違いのつよつよフィジカル。

 「これのタイトルが思いつかなくて……。説明書きもできてないんす、締切後二日」

 「カモメ、の写真か。これヒイが撮ったんや、すごいね。そいでタイトルか……」

 ジッ、と考え込む悠さん。口元に手を当てて、まっすぐ写真を見つめる姿はやっぱり美人。惚けながら彼女の横顔を見つめていると、「あ」、と彼女は声を漏らす。そして大きく手を叩いて、

 「『無垢』とかどーよ!真っ白だし、きれいだし!!」

 「アッアッアッちからつおい」

 私の肩をガシ!と掴みながら提案してくれた。


 「――――おわっったあ!!ありがとう悠さん、悠さんの提案で終われました本当にありがとう大好き今度祭壇作るね子孫共々祀ってくからね安心して……」

 「もうすでに神社あるからいらないかな……」

 「待ってどういうことですか神社あるって何!?」

 文化祭提出用のキャプション書きが終わり、感謝の気持ちも込めて悠さんを拝んでいると、笑ってそう返される。問い詰めてもはぐらかされるので、あまり深入りしない方がいいのかもしれない。イヤめっちゃ気になるけど。

 「先祖がちょっとね。私もよく分かってないんだけどね」

 「フーンすげー」

 先祖何者だよ。神社があるって相当だぞ。黒田悠で黒田官兵衛が先祖とかか?なわけないか。悠さんの先祖について考えながら、机の上を片付ける。後はこのデータを先生に渡すだけ、今ならまだ帰っていないはずだし職員室までひとっ走りするか。

 データを入れたUSBをポケットに入れ、がら、と教室の扉を開ける。と、沖田の呼びかけ。

 「柊ー、明日オーディションあるんだけどさー」

 「主役二人以外はほとんど出てこないので自由にするが良し。ヒイラギお姉さんの解釈が必要なのは主役だけなので行きません、自由にやれお前監督だろ」

 「おう」

 「では提出に行くので各々自由にしといてください。つーか二人とも部活どうしたんだよ特に悠さんほぼ毎日来てない?部活だいじょぶなんですか」

 「コーチにってメニュー別に組んでもろた~。朝と昼やってっからだいじぶだよ~」

 「そうなのね、だいじぶなのね。でも本当まず自分のこと優先して、支障が出るとかなったときにはもう申し訳なさでいっぱいになるから」

 「うん。ヒイ、いてら~」

 「行ってきます!!」

 おそらく後ろで手を振っているらしい沖田と悠さんの声を背に、走り始めた。


 「提出完了」

 「お帰り、早かったね」

 「どーだった」

 「ボロクソに言われた」

 チクショウ。なんだあの先生。自分が国語の教師だからって好き勝手言いやがって。「まあ多分誰も読まないだろうけど(笑)柊さんがいいならいいんじゃない?(嘲笑)」じゃないんだわ。性根まで腐ってるやつが教師やるな。中指突き立ててやりたい気持ちを堪えなんとか笑顔でやり過ごした私の方が大人だろ。なんなんアイツマジで。

 「写真部の顧問って奥尻先生だっけ。あいつ嫌な先生だよな」

 「私知らんかも、特選の先生?」

 「ううん、特進と進学。一回特選の先生が休んだときに代打で来て、そんとき『コイツ駄目』ってクラスのみんなが思ったんだよ。あいつ教え方下手だし、課題出すとこ意味分からんし。あの授業受ける特進と進学のやつらが可哀そうなレベル」

 「うへ、ンな先生いるんだ。そんで、ソレが、ヒイの顧問……」

 「絶対見返しちゃるマジで覚悟しろよアイツ……」

 写真部全員アイツには辟易してるんだ。絶対に見返してアイツに恥をかかせてやる。悠さんに頭を撫でてもらいながら、そう心に誓う。見ろこの震える拳、アイツへの殺意。この恨み、晴らさでおくべきか。日本人の粘着性を見せつけてやる。

 「でもそんなな先生ならさ、撮影許可出辛いかもね……。ほら、ここのシーン文化祭で撮るんでしょ」

 「そうなんだよな……。柊、先生に打診することはできっか?」

 「私が聞くよか沖田が聞いた方が許可が出やすいと思う。私はアイツに嫌われてると思うんで」

 沖田なら人当たり良いし、良い感じにアイツを言いくるめてくれそうな予感がする。そも映画の監督は沖田だし、普通に交渉すんなら代表者がやるのが定石でござる。

 「分かった、じゃあ明日聞いてみるわ。柊の名前は出さない方が良いか?」

 「その方が良いですねアイツ変に嫌がらせとかする可能性あるし。私の名前は出さない方向で、撮影の許可だけ貰いんさい。どうせ文化祭開始時点じゃ客もいないし許可下りるよ、きっと」

 「んだと良いね」

 ぽつり。悠さんが眠そうに呟いて、沈黙。運動場の方から、サッカー部の掛け声が薄っすら聞こえてくる。もうすぐ大会らしく、いつもよりも熱が入った掛け声。時折歓声が上がったり、怒号が上がったり、よっぽど真剣に練習をしているのだろう。

 「…………マ!!つまりは沖田、お前の交渉次第だから!!頼んだ監督、脚本の人は今から原稿をします!!」

 「おー。任せろ、交渉は得意だ」

 「原稿、頑張ってねん」

 そんな彼らの声をかき消すように大きな声を出して、今度は一次創作の原稿を開いた。

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