ゲキジョウ・懐・をとめ

あしゃる

撮影ルーティーン、そしてプロローグ

 『あたしや駄目なんですか。あたしやったら、駄目だったんですか。あたしはずっと、先輩のことが好きやったんです。ねえ、先輩、あたし、ちゃんと先輩のこと愛せますよ。ちゃんと先輩を満たせる思うてます。だから、あたしと、つきあってくれませんか。ねえ、先輩、せんぱい……』

 みっともないほど必死で、不細工な告白。放課後、誰も通らない中庭のテラスで、泣きそうに顔をゆがめる。顔を真っ赤にして、目の端に涙をためて、それでも、愛を吐く。

 『そんなに先輩を苦しめるやつなんかやめて、あたしにしてくださいよ。あたしを選んでくださいよ。あたし、あたし絶対、先輩を不安にさせませんから。悲しません、絶対、絶対泣かせません。追い詰めたりなんかさせません。だから、だから、先輩、お願いです、おねがいや……』

 とうとう膝をついて、縋り付くように、拝むように。胸元がよれよれになるぐらいシャツを握りしめて、小さく、引き絞るように声を出す。

 『あたしにしてや……。あたしを選んでや、なんで、あいつなんか選んでまったんや……。あほ、せんぱいのあほ、あたしにすればよかったのに、あたしならそんな顔、絶対させへんのに……』

 風が涙をさらう。崩れた髪の隙間から除く瞳は、いやにかかやいていた。きらきらと、星のように瞬く目が、バチ!と雫を散らして、やがてこちらを捉えて。

 「ハイ!カットォ~~~~~!!!!!!!!」

 そのまま、雫が晴れた。


 「今のシーン完璧!な、な、だよな、ヒイラギ!すっげえ良かったよな!」

 「鳥肌立ちすぎて鳥になりそうマジで。ニカさん演技力半端なさすぎなんだが、どこで習った?お金払いたいです、払わせてください」

 「お金はいらんからジュース飲まして。普通に暑いわ」

 ガヤガヤと騒がしくなる周囲。どう隠れていたのか、茂みの裏や校舎の影からスタッフが現れ、お疲れさまーす!だのいい演技ー!だの口々に言う。その中でも、ニカこと二階堂ニカイドウ 和子ワコにジュースとタオルを手渡したヒイラギ アキは、興奮冷めやらぬ様子で二階堂に語っていた。

 「関西弁のイントネーションも完璧だし、『先輩』への愛のゆがみ方とか、自分の気持ちのぐちゃぐちゃさとか!!声の震え方が美しいし、あと目、目つき!あくまで『先輩』が好きっていう純粋な気持ちが根底にあるから、闇を感じない目にしたの本当に天才だと思う!!私のクソ分かりづらいあの台本からここまで解釈してくれてありがとう、大天才、ほんとに大天才!!絶対に成功させるからね、協力してくれてありがとう!!」

 「ヒイって本当に褒め上手やね、ありがと。私の役ってもう終わりよね?」

 「うん、ニカさんの役はこれで終わり。オールアップです!!」

 お疲れ様でーす!と全員が口を揃えて拍手。作中、準主人公とも言える彼女の役のシーンがすべて終わり、スタッフは全員祝福ムードだった。だってここまで本当に長かった。色々あった。例を挙げるなら台本の変更とか演者のひとりの逃走とか。でもとうとうここまで来た。もう山場は越えたのだ。祝福ムードのまま、スタッフはひとりひとり二階堂に言葉をかけ、ジュースやアイスなど渡して、彼女を見送る。そのまま休憩に入り、喜びのまま話し始めた。

 「映画もそろそろ大詰めかァ~~」

 「マジ準備やばかったな、演者の人たちもだけど俺ら裏方もこんな大変たぁ思っとらんかったわ」

 「つーか人生初なんだけど。高校生で映画撮るとか、聞いたことねーわ」

 「それ、参加するまで思ってたな~」

 彼らが属しているのは私立黎明高校。あるひとりの生徒を中心に、完全自作の映画を撮っている。監督も脚本家もスタッフも全員高校生、役者も同校の生徒が出演していて、撮影期間は去年から。現時点で撮影期間は約半年と相当長い活動になっていて、最初は機材や準備に慣れなかった裏方も、今では随分と手際良くなっていた。撮影にあたふたしていたかつての自分を思い出し、彼らは懐かしそうに語り合う。

 「次、出会いのシーン!!休憩終わり次第正門に移動、許可撮れた時間は十分、協力者も待たせてる!気合い入れてくぞ!」

 “はい!!”

 そんな懐古の念も監督の号令で吹き飛び、スタッフ達は一斉に表情を切り替えた。すぐに機材を持って移動を始め、歩きではもどかしいのか、バタバタと忙しなく駆け出すスタッフ達。特に先導する監督は運動部もかくやと見まごうほどの全力疾走で、途中すれ違った一年生が、あまりの風圧に声を漏らしてしまうほど。その後、ぞろぞろと機材を抱えた集団が続いて、しかもまあまあなスピードで駆け抜けていくもんだから、その一年はとうとうおびえてしまった。普通にぶつかったら危ない。車にひかれるレベルで怖い。それぐらいの勢い。

 そんな嵐のような集団に遅れて、ひとりパタパタと形式だけの駆け足をしている柊が現れる。明らかにおびえている彼の目の先には、鬼のような形相で準備を行っているスタッフたちがいたため、すぐに合点がいき、申し訳なさでいっぱいになった。

 「ごめんね、ケガしてない?ビックリさせてごめんね」

 「あ、は、はい。……あ、あの、あれって何を」

 「私たち、映画を作ってるんだ。今年の秋にある映画の賞に出す予定だよ」

 「えいっ、映画!?す、すご……!」

 「あともう少しで撮影は終わるからね、本当にビックリさせてごめんね。じゃあね」

 一年に怯えの色がなくなったのを見て、柊は立ち去ろうとする。しかし、その彼に、「あ、あの!」と呼び止められた。

 「あの、質問、いいですか」

 「もちろん」

 「あの、あそこにいる人、が主役ですか」

 一年が指をさしたのは、撮影中の彼ら。その中でもひときわ目立っているスタッフを、少々キラキラした目で見つめている。柊は彼をチラ、と見た後、ああ、と小さく呟いた。

 「そうだよ。彼が主役のひとりで、この映画の監督、二年の沖田オキタ 清晴キヨハル。沖田が映画を作ろうって言いだして、それからスタッフ達を集めて、映画を撮り始めたんだ。そこらへんは後々学校から紹介あると思うから、楽しみにしててね」

 じゃあね、ほんとごめんね!と言いながら立ち去る柊。彼女が去った後も、彼はしばらく、遠くで行われている撮影に魅入ったままだった。


 さて、撮影現場にて。

 『入学式ならあっちの講堂だよ。案内しよっか』

 『あ、ありがとうございます!』

 『どういたしまして。……フフ、髪に花びらがついてる。とったげるね』

 さら、と主人公の髪に触れ、桜の花びらを摘み取る上級生。優しげな光を浮かべる瞳に、主人公はドキドキしてしまい、フイ、とつい目をそらしてしまう。顔、赤くなってないかな、とか、今わたし、制服おかしくなってないよね、とかぐるぐる考えているうちに、上級生は花びらを取り終えたようで、それじゃあ行こうか、と朗らかに笑っていた。安心したような、でも残念なような気持ちでいると、上級生は、ん、と手を差し出してくる。

 『人が多いからね。迷っちゃったら大変だから、手、繋ご?』

 あまりに突然で、主人公がまごついていると、上級生はじゃあ行くよ、と右手を掴んだ。そのままグイ、と引っ張られ、人ごみの中へと走り出す。

 これが、主人公佐伯サエキ 理緒リオと、上級生タチバナ 夜月ヤツキの出会い。

 そうして、二人の姿が完全に見えなくなって。

 「カァ~ット!完璧です、皆さんありがとうございました!解散してオッケーです!!」

 人ごみが、生徒達へと姿を変えた。


 人ごみとして協力してくれた生徒たちに礼を言い、すぐさま映像の確認に入る沖田。と言っても演技は完璧で、特に問題もない。沖田は副監督と頷きあい、撤収作業をしているスタッフ達に高らかに言い放った。

 「本日の撮影、これで終わり!この調子だと明後日には撮影終わるはずだ、皆ありがとう!機材片した後、解散!!」

 “お疲れ様でーす!!”

 そうやって他のスタッフが片づけをしている間、明日撮るシーンの確認をカメラ、役者、そして柊も交えて行う沖田。付箋でいっぱい、表紙も取れかかっている台本を手に、沖田はとあるページを開きながら確認を始めた。

 「明日はここのシーン。できれば一発で撮りたいけど、雑にはしたくないから丁寧にいこう。あと、写真部に頼んでた写真が来るはずだから、何を使うか一緒に決める。それで写真を決めたら、ここのセリフ一緒に録ろう。ユッさん、なんか気になることある?」

 「このセリフ録るときなんけど、どういう風に読みゃあ良いかね。ナレーション?モノローグ?」

 「ア、それは写真見てからじゃないと決めらんないんすわ。ごめんね、ユウ=サン」

 「おけ了解」

 グッ、とサムズアップするユッさんことユウ=サンこと黒田クロダ ユウ。彼女は同学年に双子の妹がいるため、苗字ではややこしいことが起こることもしばしば。よって悠だのユウだのユッさんだの呼ばれていた。かなり気さくな人物で、人当たりもいいが、演技中は別人と見まがうほど役に没頭している。撮影初めの頃、よく柊に「演技とそうじゃないときの温度差で風邪引く」、とよく言われていた。イヤ、今も言われている。

 「ほいじゃあ明日やんのはこのシーンとこのシーン、写真次第でここの読みね。りょかい、じゃあ部活行ってくるわ!!」

 「うん、行ってらっしゃい」

 確認も終わり、颯爽と走り去っていく悠。そんな彼女を見送って、ヨシ、と沖田も立ち上がる。そのまま各機材の片付け状況と報告を聞きに回り、不備がないか確認していった。

 「今日も撮影終わりました!あと推定二日、撮影頑張りましょう!以上、解散!!」

 “お疲れさまでした、失礼しまーす!!”

 そうして撮影チームは解散、それぞれ部活や塾に行ったり、家に帰る者、とそれぞれ。柊と沖田も大人しく帰ると思いきや、駅のマックに入り台本を広げる。

 「で、今日の反省は何ですか、橘さん?」

 「指の所作間違えた……」

 「ああ、お留守になってた右手?あれなら編集の力でチョチョイのチョイだから大丈夫」

 「まじで……?」

 片手にダブルチーズバーガー、片手に台本を持ち、ズン、と沈んだ表情を浮かべる沖田。そんな彼を気にも留めず、柊はビッグマックを頬張る。ビッグマックに対して口が小さいので、頬にソースが付いてしまっていた。が、気にすることなくもうひと口、ふた口と食べ進める。もそもそと食べる沖田と対照に、果敢に食べ進めているため、あっという間にビッグマックは消え去っていった。口の周りも中々にすごいことになっていた。

 「なんやかんやここまで来たんだ、もうやりきるしかないよ。それに、台本書かせたのそっちじゃん」

 「それはっ!だって柊の小説、面白かったから……」

 「ア。それは忘れてください、そういう約束でしたよね」

 「でも、本当に面白かったんだ。なんでンな嫌がんの……」

 「チッ、これだからオタクに配慮しない陽キャは嫌いなんだ……」

 口の周りのソースをふき取りつつ、ぶつぶつとぼやく柊。ペッ、と拭いた紙をビッグマックの空箱に投げ入れ、今度はポテトに手を伸ばす。

 「でもさ、やっぱ柊に頼んでよかったと思ってる。だって、こんな面白い台本書いてくれたし、ずっと協力してくれるし」

 「んまあ、ね。ヒイラギお姉さん情に厚いからね」

 「「…………」」

 沈黙。二人はなんとなしに、手元の台本を見る。

 タイトル、「乙女をとめ夜想」。

 監督、沖田清晴。脚本家、柊秋。

 二人の少女を中心に織りなす、青春恋愛物語。その主役となる役のうち、橘夜月役を沖田が演じている。男である、沖田が。

 これは沖田の要望だった。どんな役でもいいから、難しい役を自分に当ててくれ、と柊が脚本を書くときに言われた。だからめいっぱい難しくしようと思って、年上のお姉さん役を沖田のために書いた。実際にやらせた。めちゃくちゃ巧かった。彼はどこからどう見ても「年上のお姉さん」で、柊は度肝を抜かれた。そして、沖田が本気であることを理解した。だから、映画が成功するよう柊も協力しようと決意したのだ。

 「あと数日、がんばろな」

 「おう。柊の台本を殺さないよう演じ切るよ」

 グッ、と腕を交わらせて、再び決意を実らせる沖田と柊。半年以上組んできたふたりの間には、確かな絆があった。


 映画完成まで、あと――――。

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