薄明に染むカデンツァ 〜無尽蔵の霊力を持つ私と霊力を奪わないと死んでしまう少女が出逢ったら〜

まんぼ云々

序章 運命の出逢い(ベーゼ)




運命の出逢い、というものを知っているだろうか。




例えば、煌めいた雷光が全身を突き抜けるような。

例えば、色褪せた世界が鮮やかに彩られるような。

そんな全てがひっくり返るような、鮮烈な出逢い。

それこそが運命の出逢い、なのだという。


ならこれも、きっとそういう出逢いなのだろうか。

そう、私は自分の置かれる状況に他人事のような分析をする。




「っ……ぅん、む……ぁふ……っ!」


「んむ……ふ……ちゅ、れる……」




私はキスをしていた。


喉奥を越え、心臓までねぶるのではないかというほどに、深いキスをしていた。


夜帳とばりも落ちた路地裏、人気もなく街灯も届かない、静謐な月明かりだけが差し込む仄暗いそこで、私はを尻目に壁に押し付けられる形で彼女に喰われていた。


突き刺さるような深い繋がりで、彼女は舌を絡めてくる。

口腔内の全てを蹂躙する肉欲の大蛇が、強張る私を巻き取って口蓋や舌の裏を容赦なく滑って、私の腰を奥から来たる電流が震わせて、そのまま背骨を火花が這い上がる。

息する暇も無く、意識に靄がかかる。脳の中で信号が弾ける。


そうして繋がれば繋がるほど、奇妙な感覚が全身を支配する。

身体の『内側』が逆撫でられて、骨抜きになるような、何かが全身から唇に集まって、それをような、感じたことのない性感かもわからない感覚が、脳を更なる混沌に誘う。


私は、何が原因なのかもわからない涙をたたえて視界を滲ませていた。

にも関わらず、彼女の金色の瞳はあまりに眩くて、捕食者の双眸は、境界のない視界に浮かび上がるように明確だった。



「んぐ……、ん、ぷぁ……!っはぁ……はぁ……」



「ぷは…………んー……へぇ、なるほどね……」



満足したように唇が離れ、私は腰を抜かして崩れ落ちる。

脱力感で身体も動かず息も絶え絶えで、地面についた掌に僅かにが付くことすら気にできなかった。


そんな私を、彼女は見下ろす。


夜に溶けるような濃紺の長髪、生気すら感じない透き通った白い肌。

彫刻のように精悍で、絵画のように滑らかな美貌は、輝き焦がすような存在感を放つ金色の瞳の前にはそれすら霞んでいた。

身に纏う制服は長袖のシャツを捲って、危ういほどに短い丈でスカートを靡かせている。随所から覗く黒いベルトやチョーカーが拘束具のような印象で、制服と合わさるとどこか背徳的だった。


そして、その本来穢れを知らないはずの制服には、惨劇によるが深く染み付いている。


その非日常的な血糊しきさいも、彼女を前にすれば添えられた彩りのようで、朦朧とした頭は眼前の少女を前にして思考を纏めることが出来なかった。


「あんた、随分と思ったら……やっぱりそういうことなんだ」



「はぁっ……はぁ……っあぅ……」



彼女の細い手が頬に添えられる。

その手はあれほど情熱的なキスを交わした割にはひんやりと冷たく、それが火照った身体には心地よかった。



にノーマーク……なんでか知らないけど、まあいいや……し、気弱そうだし……良く見たら同じ高校だし」



品定めされるような視線。

長い睫毛が月明かりに影を落として、金の眼が私を映す。




「あんた、これからはあたしのね」




満足そうに目を細め、先ほどまで私を乱れさせた唇が弧を描く。

玩具を手に入れた幼児のような、満足げな笑みだった。


私は全身に蔓延っている虚脱感と、未だ響き続けている甘い痺れ、何もかもが現実に思えなくて、曖昧に思えてきて────────。




(きれい……)




ただ彼女に見惚れるまま、その意識を手放した。






────後に思う。

この出会いは正しく運命の出逢いで、私という存在が生まれ変わり始めた、その最初の日なのだと。

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