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剣城士

ふたりがひとつだったなら

 私、髙橋青空たかはしそらは、幼馴染の女の子が好きだった。いや、今も好きなんだけど。

 それは、双子の妹である青海うみも同じで、十数年、それがずっと続いている。

 私たちは一卵性双生児で、顔は瓜二つ。けれど、好きな女の子のこと以外は、全てが正反対だった。

 青海はスポーツ万能だけど、学業成績は下の下。

 逆に、私は学業成績は上の上だけど、スポーツはからっきし。

 几帳面な私と、大雑把な青海。

 奥手な私と、積極的な青海。

 それでも、不思議と仲が悪いわけではなかった。

 特別、仲が良いというわけでもないけど。

 私は恋愛面では完全に出遅れていて……気づいたら、青海に先に告白されてしまっていた。そしてそれを、彼女──柳 陸希やなぎむつきは受け入れてしまった。

 それ以来、睦希と青海が付き合いだしてからというもの、どうやって接すればいいのか分からず、私は二人を避けるようになっていた。

 ある日、たまたま青海と帰りが一緒になって、最初は特に話すこともなく、家へと向かっていたのだけど──

「ソラは、睦希に告白しないの?」

 などと、唐突に聞いてきた。

「何言ってんの? 陸希はアンタと付き合ってるでしょ」

 常識的に──倫理的に考えても、二股なんてあり得ない。

 私だって、そんなのは絶対に嫌だ。

 陸希には、私だけを見ていてほしい。

 でも、もうそれは望めないから、諦めた。

「そうだけどさ、私は気にしないよ」

 ……何それ。

「はあ? なにそれ。馬鹿じゃないの?」

 あまりにも馬鹿げたことを言われて、思わず声を荒げた。

「だって、私と陸希が付き合いだしてから、ソラは私たちのこと避けてるでしょ。私はそんなの、嫌だよ」

「ふざけないでよ!」

 思わず私は声を荒げて、青海を突き飛ばした。

 その先は、道路だった──

「あっ……」

 青海の体が、大きな車体と接触して、遠くまで跳ね飛ばされた。

 彼女をはねた車は、そのまま逃げ去ってしまった。

「青海……?」

 呆然としながら近づくと、腕も脚も、曲がってはいけない方向に曲がっていて、周囲一面が血の海に染まっていた。

 さっきまで命だったものが、何も宿らない“物”になっていた。

 私が、青海を──殺した……?

 まずい、まずい、まずい、まずい、まずい──

 私はとっさに、突き飛ばした拍子に青海の手から離れたカバンを拾い上げ、できる限り中身を圧縮して、自分の鞄に放り込んだ。

 幸い、テスト期間で荷物も少なかったから、自分の鞄に無理やり詰め込むことができた。

 そして私は、自分が「青海」であると心に暗示をかけ、救急車を呼んだのだった。

 駆けつけた救急車に乗り込み、自分の名前を「青海」だと名乗る。

 そして、“青海ではなくなってしまったそれ”を、「姉の青空」だと偽って、「姉がひき逃げにあった」などと、嘘八百を並べた。

 親と、陸希にも連絡をして、「青空が轢かれてしまって、もう助からないかもしれない」と、泣きながら訴えた。

 我ながら、よくこんな嘘をつけるものだと感心する。

 幼少期、まだ私たちが正反対ではなかった頃、両親や陸希に対して、一卵性双生児ならではの“入れ替わりイタズラ”を仕掛けたことがあった。

 でも、一度もバレたことはなかった。

 だから、これから死ぬまで、私はこの嘘を突き通すのだ。



 世間的には、私が死んだことになっていて、青海が生きていることになっている。

 自分の葬式に参列したときは、とても奇妙な気分になった。

 私はここにこうして生きているのに、陸希や両親、祖父母、クラスメイトたちは「青空」の名前を呼びながら、泣き崩れている。

 一卵性双生児というものは、やはり入れ替わってもバレないのだなあと、我ながら感心してしまう。

 でも、何もかもが正反対だった青海になりきるのは、本当に大変だった。

 親以外で最も近しい存在だった陸希を騙すのは、並大抵のことではなかった。

 幼い頃は私たちにほとんど違いがなかったから、陸希も騙せていた。

 だけど今では、性格も言動も全てが正反対で、少し取り繕ったくらいでは、陸希の目はごまかせなかっただろう。

 それは、中学時代に一度入れ替わりを試して、あっという間にバレたことからも明らかだった。

 だから私は、青海の細かな仕草や癖を記憶から呼び起こし、青海が映っている動画を何度も見返して、毎日ひたすら真似をした。

 その姿を録画して見比べ、細かな違いを潰し、寸分違わぬレベルにまで持っていくことができた。

 それができるようになるまでは、誰とも話さずにいたから、今ではもう、私が髙橋青海であることを疑う者はいない。

 ──しかし、私の努力ではどうにもならないものがあった。それが「運動神経」だ。

 私はスポーツなんてろくにできなかったから、姉の死による精神的不調を理由に、部活を退部した。

 それで、部活ができなくなったことを理由に、「勉強に精を出すようにした」と言って、成績が急上昇したことにも説明をつけた。

 これで、内面は青空、外面は青海──完璧な入れ替わりの完成だった。

 そして、高一の冬に事故を起こしてから時が過ぎ、高三の冬を迎えた。

「青海ちゃん……? 聞いてる?」

 陸希が心配そうに、私の顔を見上げてくる。

 私は青海になったのだから、今、陸希は"私の彼女"なのだ。

「あ、ああ……ごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「大丈夫……?」

「うん、大丈夫。で、何の話だっけ?」

「今日、家に行ってもいいかな? 青空ちゃんにお線香あげたくて」

「ああ、うん。いいよ」

 そう言って、私は陸希の手を握った。

 陸希は、優しく握り返してくれる。

 その温もりを感じて、あの場で青海を殺してよかった、と心の底から思った。

 私は、陸希が青海だけに見せる顔も、青海が陸希だけに見せる顔も見たくなくて、距離を置いた。

 なのに今は、その表情が「私」ではなく、「私が被っている青海」に向けられているとわかっていながら、喜びを感じてしまっている。

 我ながら、矛盾していると思う。

 だけど、それでも今の陸希は、確かに「私」に向き合ってくれている。

 家に帰り、陸希が仏壇の“私”に向かって線香をあげているのを見て、「先立つ気分」というのはこういうものか、と訳のわからない感想が浮かんだ。

 仏壇に手を合わせ、黙って祈る陸希の表情を見ると、泣きそうな顔をしていた。

 その表情は、“死んだ私”に向けられたものであり、私の死をまだ悲しんでくれていることに、なぜか安堵した。

「じゃあ、私、帰るね」

 線香をあげ終えた陸希がそう言って立ち上がり、玄関へ向かおうとする。

「待って」

 私は思わずそれを呼び止め、陸希を抱きしめた。

「青海ちゃん?」

「行かないで……」

「ん、わかった。もうちょっといるね」

「ありがとう。……私の部屋、行こっか」

「うん」

 そう言って私は、陸希の手を引き、二階の私の部屋へと向かった。

 扉の前に立ち、開けようとしたとき──

「青海ちゃん、そこは……」と、陸希が言った。

 顔を上げると、そこには「青空」の名前が書かれたルームプレート。

 何がおかしいのか、一瞬わからなかったがすぐに気づいた。

「あっ……えっと……」

 しまった。

 私はもう青海なのに、何をしているんだ。

 今の私は、青海の部屋で過ごしているはずなのに……。

 十八年間培った習慣は、やはり一朝一夕では抜けない。

 ふとした瞬間に、こうして姿を現してしまう。

「か、形見分け……してなかったよねって、思って」

 咄嗟に出た言い訳だったけれど、それなりにもっともらしい理由だった。

 ──四十九日なんて、とっくに過ぎていたけど。

「あっ、そうだね。青空ちゃんのこと、近くに感じていたいから、何かほしいな」

“近くに”って私は今、傍にいるのに。

 そう言いたくなるのを飲み込みながら、私は扉を開け、陸希を部屋の中へと招き入れた。

 事故以来、一度も入っていなかったその部屋は、最後に立ち入った日から何も変わっていなかった。

 母が掃除だけは欠かさずしているので、部屋は清潔に保たれていたが、物の配置はすべてそのまま。

 ……とはいえ、私はもともと綺麗好きで、部屋にはゴミひとつ残さず、余計な物も置いていなかったけれど。

「久しぶりに入ったなあ……青空ちゃんの部屋」

「そうなの?」

 睦希が最後にこの部屋に来たのは、高一の入学式のときだと覚えている。

 でも、青空はそれを知るはずもないので、私は知らないふりをしてとぼけておく。

「うん。入学祝いにって、猫のアロマディフューザーとオイルをくれてさ」

 言われなくても、ちゃんと覚えている。

 陸希が前からそれを欲しがっていたから、私は入学祝いとして渡したのだ。

 あのとき、ついでに告白でもしていれば、今こんなことにはなっていなかったのだろうか。

「前に、青海ちゃんが私の家に来た時さ。その匂い、いいねって褒めてくれたよね。あれ、このアロマの匂いだったんだよ」

 知っていることと、知らないことが交互に押し寄せてきて、頭が混乱しそうになる。

 そんな話、聞きたくなかった。

「そう……だったんだ」

 うまく頭が働かなくて、私は適当な相槌を打つことしかできなかった。

「嬉しかったなあ……青空ちゃん、なんで死んじゃったんだろ……」

 目を潤ませながらそう言う陸希を見ていると、自分が青空であることを打ち明けたくなってしまいそうで、私は視線を逸らした。

 ごまかすように、机の引き出しを開け、何かを探すふりをする。

 私はあまり物持ちがよくないから、何か目ぼしいものがあるとは思えなかった。

 やはり、陸希に渡せそうなものは見つからない。

 陸希からもらったものは、全部大切に保管してあるけれど、それを渡すのはただ“返す”だけになってしまう。

 それでは意味がない。

 私という存在を忘れさせないために、お誂え向きの品が欲しい。

 だけど、やっぱり見当たらない。

「何かありそう?」

 陸希が催促するように尋ねてくる。

「うーん、無いかも。お姉ちゃん、あんまり物を持たなかったから」

「そうだよねぇ。何もかも、最低限あればいいって感じだったし」

 そう言いながら陸希がこちらに来て、私と一緒に引き出しの中を覗き込み始めた。

「あっ、これ」

 そう言って睦希が引き出しから取り出したのは、一本のシャープペンシルだった。

 それは、私にも思い入れのあるものだった。

 小学生の頃、シャープペンシルの使用は禁止されていて、私は律儀にそのルールを守っていた。

 でも、青海はそういう決まりを守るタイプじゃなかった。隠れて使っては先生に見つかり、何度も没収されていたっけ。

 中学に上がってから、三人でお揃いのシャープペンシルを買いに行ったことがあった。

 私は失くしたり壊したりするのが怖くて、それを学校には持って行かず、家でだけ大事に使っていた。

 一方の青海は、一年後に失くしてしまい、大騒ぎしていた。──馬鹿じゃないのかと思ったことを、今でも覚えている。

「青空ちゃんが使ってるところ、見たことなかったけど……まだ持ってたんだ」

「……私は失くしちゃったからね」

「青海ちゃん、これ……もらっていいかな?」

「だ、駄目っ!」

 咄嗟に声が出た。私は、睦希の手からそのシャープペンシルを奪い取っていた。

 それは、私のものだ。

 陸希との思い出が詰まった、私と陸希の、大切なシャープペンシル。

 それを思うと、今まで張り詰めていた心の糸がぷつりと切れたような気がした。

「これは……私のだから」

「青海ちゃん……?」

「陸希、私は……青空なんだよ」

 言ってはいけない言葉が、口をついて漏れ出た。

「えっ……?」

「私が……私が青海を殺したの。私が、青空なの」

 一度溢れ出すと、もう止まらなかった。

 心の奥にため込んでいた言葉が、空っぽになるまで次々とこぼれていく。

「ど、どういうこと……? 青海ちゃん、言ってることがよくわかんないよ……」

「だから、私は青空なんだよ、陸希。わかって。青海じゃない、青空」

「だ、だって……青空ちゃんは……」

 真実を語っているのに、それをすぐに受け入れられない睦希に、苛立ちがこみ上げる。

「だから、私は死んでないの! 私は高橋青空。青海の双子の姉。……陸希だって、よく知ってるでしょ?」

「お、おかしいよ……青海ちゃん。そんなこと、あるはずがないよ」

「なら、青空しか知らない陸希の秘密を言おうか?」

 私は一歩踏み込む。

「小学生の頃、工場跡でこっそり猫を飼っていたよね。だけど、その猫にチョコレートをあげてしまって、死なせちゃった。……それを、私が埋めてあげた」

 それは、口の軽い青海には決して話さなかった秘密。

 二人だけで猫の様子を見に行っていたこと。

 私が青空である証拠として、それを語った。

「本当に……青空ちゃんなの?」

 そんなの、後から青空に聞いたから知っているという可能性だってあるのに陸希は、すぐに信じかけている。

「そうだって、言ってるでしょ」

「ど、どうして青海ちゃんを……?」

「私も、陸希のことが好きだったの。青海と陸希が付き合ってるのが……どうしても耐えられなかったんだよ」

「殺すつもりはなかった」なんて、今さら言ったところで意味がない。

 それに私は、本当に二人の関係が憎らしかった。

 だから、あのとき殺していなかったとしてもきっと、いずれは同じ結末を迎えていただろう。

「で、でも……言ってくれたら……」

「言ってくれたら、何? 私とも付き合ってくれたの?」

「う、うん……。青空ちゃんのことも、好きだったから……」

 青海の言った通り、私が告白していれば私とも付き合ってくれただろう。

 でも、それでは足りなかった。私は、そんなものじゃ満たされない。

「私は嫌だったの。陸希には……私だけを見てほしかった。だから、青海を殺した」

 真実と嘘を交ぜながら、私は陸希に全てをぶつける。

「で、でも……どうして青海ちゃんのふりを……?」

「そんなの、陸希が悲しむからに決まってるでしょ」

 ──これは、真実。

 歪んでしまった愛情の、行き着いた先。

「青海と付き合ってたのに、青海が死んだら、陸希はきっと……悲しいでしょ?

 でも、もう青海はいない。だから、私のことだけを見て。青空だけを」

 そう言って、私は陸希にそっと顔を近づけた。

「い、嫌ッ!」

 次の瞬間、陸希は私を突き飛ばして、勢いよく部屋を飛び出していった。

 私は背後にあった家具に頭をぶつけ、意識がぼんやりと遠のいていく。

『駄目だよ、お姉ちゃん。』

 聞こえるはずのない声が、どこかで響いた。

「青海……?」

 呼びかけたその声に、幻の青海は応える。

『陸希は、私のなんだから』

 ──その言葉を最後に、私の意識は闇へと沈んでいった。



「おはよう、青海ちゃん……昨日言ってたことって……」

「おはよう陸希。あれは嘘だよ。ごめんね。ちょっといろいろ参ってて、変なこと言っちゃった」

「そ、そうだよね。私びっくりしちゃったよ」

「本当、ごめんね」

「ううん。でも、辛かったら言ってね。私、何でもするから」

「陸希は頼もしいなあ。流石私の彼女だ。大好き」

「え、えへへ……。私も青海ちゃんの事、大好きだよ」

「ソラの分も、二人で頑張って生きようね」

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