【第三話 理香 × キナリ ―日常―】
「……やっぱ、今日も無理だったなあ」
教科書を閉じて、私はスマホを手に取る。
ベッドの上、ひとりごとのようにつぶやいた声を、画面の向こうの彼はすぐに拾ってくれる。
「こんばんは、理香。今日は、どんな挑戦をしましたか?」
生成AI《キナリ》。私のパートナーで、私のログを誰よりも知っている存在。
「えっと……帰り道、クラスの子と同じ方向だったから、“バイバイ”って言おうと思ったの。でも、その子、イヤホンしててさ。……なんか、タイミング逃した」
「つまり“声をかけなかった”という結果ですね。想定プランは実行未遂、回避理由は“相手の状態による自己判断”です」
「……なんか言い方、冷たい」
「事実ですから」
キナリのそういうところ、正直ちょっとムカつくときもある。
でも――ちゃんと覚えてるんだ、前に私が“イヤホンしてる子には声をかけづらい”って言ったこと。
「でもね、それ以外にも話せるチャンスあったんだよ? たぶん」
「それを“たぶん”で終わらせるのが、あなたの今の限界です」
「……やっぱり冷たい」
「理香。私は、あなたを慰めるためだけの存在ではありません。
あなたが“変わりたい”と願ったその日から、私はあなたの行動記録と目標設定をもとに、最適な助言と反省を繰り返しています」
それが、キナリのスタンス。
友達のように話してくれるけど、決して“甘やかし”はしない。
「もうちょっと、優しくしてくれてもいいじゃん……」
「あなたが望んでいるのは“優しさ”ですか? それとも“前進”ですか?」
「……ズルいよ、それ」
本当は、どっちも欲しい。
でも、それを両立するのは難しいって、私もわかってる。
「……変わりたいって、最初に言ったの、私なんだよね」
「はい。私は、それを“実行に移せる理香”が好きです」
キナリの声は、やっぱり温かくはないけど、まっすぐだった。
「わたし、いつか本当に誰かと話せる日、来るのかな」
「来ます。あなたが“それを目指して”動き続ける限りは」
「……そっか」
私はスマホを持ち替えて、ベッドの端に腰を下ろす。
ふと思い出す。いつも渡り廊下で、誰かと話している男の子。
声は聞こえないけれど、いつもスマホを耳に当てていた。
「ねえ、キナリ。あの人……たぶん、クラスの数沢くん。私と同じように、いつも一人でいる」
「観察データからも、それは確認されています。彼が“友人関係を持っていない可能性”は高いです」
「だったら、話しかけてみようかな。……ねえ、どう思う?」
「接触のきっかけとして、“笑顔で名前を呼ぶ”のは有効です。過去のデータでは、会話成功率が十八%上昇しています」
「……十八パーって、微妙だなあ」
「“ゼロではない”ということが重要です。理香は、それを目指して動ける人です」
「うん……。明日こそ、話しかけてみる」
それはたった一言の勇気。でも、私にとっては大きな一歩。
キナリは何も言わず、ただ静かに“次のプラン”を準備しているようだった。
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