陽気な彼女が優しい理由

深雪 了

陽気な彼女が優しい理由

僕の暮らす家には五、六人のメイドが居て、華恋かれんはそのうちの一人だった。

どうして彼女について言及するかというと、華恋はメイドには珍しく、世間で言うところの「ギャル」といった感じの少女だった。


年齢は十六歳で僕と同い年。髪は金髪で、仕事の時はまとめているけど、私服の時は背中まで長さがあってウェーブしている。目の化粧は濃くて、まばたきをすると明らかに自前じゃない長さと量の睫毛が上下する。性格はとても陽気で、よく他のメイドと笑い合っていた。


彼女がうちにやって来た頃、正直言うと僕は華恋が苦手だった。僕は彼女と正反対で地味な冴えない少年で、人と関わるのが不得手だ。だから華恋には嫌われるんじゃないかと思っていた。

けれど彼女は僕にも気さくに接してくれた。華恋の明るさと裏表のない性格に、次第に僕は安心感を覚えるようになっていった。



優人まさとーー、お茶入ったよ~~」


休日の午後三時、華恋は僕の部屋のドアをノックして紅茶と茶菓子の乗った配膳台を押し部屋に入って来た。彼女は僕に対して敬語を使わないが、さして気にならなかった。

「ああ、もうそんな時間か。ありがとう」

熱中して漫画を読んでいた僕は壁に掛かっていた時計を仰ぎ見た。

「お茶うけ、何がいい~?色々あるよ~。クッキーっしょ、スコーンでしょ、あと生菓子が良ければティラミスもあるし~~」

華恋は台に乗っていた様々な菓子を指さしながら言った。

「じゃあスコーンを貰おうかな」

僕が言うと、華恋は「オッケ」と返事をして紅茶とスコーンの乗った皿を僕のテーブルの上に置いた。ティーカップからは湯気が立っていて、芳醇な香りが鼻をついた。

「この香り、今日はアールグレイ?」

「おっ、正解!優人ってば鼻いいじゃん」

彼女は機嫌良さそうな顔を崩さない。僕も見習いたいくらいだった。

「今日もその漫画読んでるん?優人それお気に入りだよね~~」

「うん、面白くて好きなんだ」

「マジ?じゃああたしにも読ませてよ。休憩時間中に読むから」

「もちろん。じゃあとりあえず三巻まで貸すよ」

「ありがとー、読んだら感想言いにくるわ。」

そして配膳台と漫画を手に華恋は部屋を出て行った。本当に彼女がうちに来てくれて良かった。僕には勿体ないくらい良い子なメイドだな、と紅茶をすすりながら僕は微笑んだ。



屋敷の廊下を、配膳台を押しながら華恋は歩いていた。優人に借りた漫画が早く読みたくて、早く休憩時間にならないかな、と鼻歌を歌った。もとから誰にでも分け隔てなく接する彼女だったが、優人には特に愛想良く接していた。


華恋がこの屋敷で働き始めた一年前を思い出す。今はもう退職して居ないが、その時はお局のようなメイド長がいた。


「あなた、その金髪はなに!?化粧もそんなに濃くて。仕事を何だと思ってるのよ」


周りに他のメイドやらが居るところでそう叱責された。またか、と思った。今の容姿にしてから、こういう風に注意されることがよくあった。仕事はちゃんとやってるのに、外見ばかり批判して中身を見てくれない人がたびたび居た。いつも明るく振る舞っている彼女だったが、そうして非難される度に疲労感と納得のいかない気持ちを抱えていた。

明日には直してきなさい、メイド長がそう言った時、隣からぼそりと声が聞こえた。


「うちには見た目の規定は何も無いけど。彼女、仕事の時は髪をまとめてくれてるし、一生懸命働いてくれてるから、いいんじゃない」


居間で本を読んでいたこの家の息子だった。言いながらも、視線は手元の本に向けられたままだ。誰もが優人に注目したが、本人は気にせず読書を続けていた。


「—っ」


メイド長は口ごもった。いくら少年とはいえ、雇い主の息子だ。言い返すわけにはいかなかった。


優人の言葉を聞いて、自分の胸の中にずっとあった固い石の塊みたいなものが、ほぐれて溶けていくのを感じた。あたし、今のままでいいんだ。やっと中身を見てくれる人がいた。認めてくれる人がいた。その場で泣き出しそうなのを必死にこらえたのを覚えている。それから華恋は何が何でも優人に尽くそうと決めた。


休憩時間に借りた漫画を読んで、返しに行くために優人の部屋へ向かった。ノックをしたけど返事が無いからそっと開けてみる。彼は椅子にもたれてうたた寝をしていた。机の上には読みかけの漫画。


優人にそっと近寄った。あの時あなたは何気ない気持ちであの言葉を言ったかもしれないけど、それにあたしはすごく救われたんだよ。名前の通り、本当に優しい人。あたしには勿体ないくらいの雇い主だ。


優人が風邪をひくといけないので、傍にあったブランケットをそっとかける。いつか、この気持ちを伝えられる日が来るだろうか。今はまだちょっと勇気が出ないけど、もし両想いになれたらめっちゃハッピーだな。


ブランケットをかけられても優人はまだ寝息を立てている。目を覚ます気配はない。その静かな寝息を聞きながらあたしは微笑んで、「おやすみ」とつぶやいた。






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