第24話 掃討開始
夜が明けて、朝になってから少しして、魔物の掃討作戦は幕を開けた。
とは言ってもこれはまだ準備段階のようなもので、今のうちに、魔物が本格的に暴れ出さない内に、少しでも魔物の数を減らしておいた方がいいというところから始まったものだ。なので割と地味な作業ではあるのだが、キャティアの人員配置もあっての事だろう、森に作った空きスペースには見る見るうちに魔物の遺骸が積み上げられていった。
それをここからどうするのか、まさか森の中で火でも放つつもりじゃないだろうなとは思っていたのだが、そんな俺の心配をよそに、誰かが持ってきた大きめの瓶に入れられた毒々しい色の液体を満遍なく振りかけ始めた。
色の通り、予想通り、それは毒だったのだが、言うなれば殺鼠剤のようなものらしく、魔物がそれを毒だと認識することのできないものなのだとか。それを魔物の遺骸、そのうちの人間が食べられもしないものにぶっかけておくことで、それを喰らいに来た魔物を連鎖的に駆除できる──と、そう説明された。
なかなかえげつないもんだが、相手は害虫と同じような扱いなのだからそれが手っ取り早いのだろう。罠に毒に、使える物は全て使っていく。何のことはない、向こうでも普通に行われていたはずの事である。
初めはやる気のなかった彼らもああして鼓舞され、こうして結果が出始めるとやはり調子づいても来るのだろう、昨夜の話があながち夢物語などではないことを感じ取り始め、魔物狩りのペースも上がっていった。遺骸は積み重ねられ、その山は数を増やす。本来なら討伐した証を丁寧に回収していくところではあるのだが、そんな暇もないと、どんどん処理していった。
陽が落ちれば森から撤収していき、料理と酒の振舞われる席でその日の戦果を改めて知らせ、彼らを鼓舞する。これがいつまで長続きするかは分からないが、というか、いつまでもこうしているわけにもいかないのだが、それでも何とかはなりそうに思えた。
そして、そこから更に二日程が経過し、それは起こった。
その日もその日でまた森に入っていこうという話にはなっており、前日は早めに切り上げて体を休めることに専念していたことからも、彼らの士気は高かった。
後から思えば、そうする判断を下したキャティアにはどうあっても逆らえなさそうなものだが、ではいざ森へ向かおうとなって、誰をどこに配置するかという相談をし始めて、それが纏まりそうになったその時のことだ。
突然、森の方から地響きがした。
鳥やら何やらが一斉に森から飛び立っていくと、戦う力を持たない村人達は当然、威勢のいいことを言いながら武具を整えていた彼らでさえ呆然としていた。出鼻を挫かれたかのように、さっきまで殺気立っていた彼らの士気が雲散霧消しかけて、結局そうならなかったのはひとえにキャティアのお陰であったのだが、これまでとは明らかに違った異変らしい異変に際して、流石に恐怖を禁じえなかったらしい。
それでも当然、そもそもはこうなることを前提とした上で、こうなることをあらかじめ予定に組み込んだ上で、それまでに少しでも多くの魔物を買っておこうというのが今回の作戦だったわけなのだから、全員が全員というわけではないにしても、彼らはそれで逃げ出したりはしなかった。想定としては少し早いというか、出来ればもう少し魔物を狩っておきたいところではあったのだろうが、今からそれを言っても仕方が無いと、キャティアはその一瞬で作戦を組み直し、人員を配置し直していった。
やはり軍師とかに向いているのかもしれない。
「金がのこのこ殺されに来やがったぞーッ!」
準備が整うとキャティアはそう叫び、彼らも彼らでそれに呼応するように叫ぶと、武器を構えて村から出て行った。俺もそれに続こうとはしたのだが、動かなかった。
それは何も恐怖を感じていたからではない──いや、恐怖を感じていなかったと言うとまた少し語弊があるというか、恐怖自体は当然の物として常に感じているのだが、それとは関係なく、俺は動かなかった。
それが何故かと言えば、どうしろとの指示が無かったからである。これまでの魔物狩りでは少なからず仕事の与えられていた俺だったが、今こうした状況下でキャティアが組み直した作戦の中に、俺の存在が無かったのである。
確かに皆の役に立ちきれていたかどうかと言えば、自分自身でさえ自信は持てないし、足を引っ張ったりしたこともあるだろう。知識の面でも戦闘技術の面でも、ただ職業の力に任せるだけではどうしようもないことはあったし、期待されていた通りの働きが出来たとは到底思っていない。それでも、流石に何の仕事も与えられず放置されたとなれば、どういうことかと聞きたくもなる。
「俺は……?」
そう尋ねて、キャティアはただ一言、「ここに残れ」とだけ返した。
一切の冗談や悪ふざけを抜きにした表情と言葉であった。何もこの状況下で俺をハブにして遊んでいるだなどと思ったわけではなかったが、流石にどういう意味かが分からなければ納得することができない。
「……こっちだって出来る限りの戦力を投下したいがな、だからといってここに誰も残さないわけにはいかないんだよ。だからお前が残れって言ってんだ」
「…………」
「別にここを護れとは言わねぇよ。ただ一番迷惑なのは、混乱した村人共が方々に逃げ惑って、それを魔物が追いかけて分散されることなんだよ。魔物が分散すればそれはそのまま私達の分断に繋がる。だからそれを防ぐためにも、誰かが残ってアイツらを纏めておかねぇとならねぇ。まぁ誰でもいいんだろうが、どこの誰かも分かんねぇ適当な奴を残すくらいならお前の方が適任だ」
「それは……」
「心強いだろうからな。連中にとってはそれが一番だろ。それに、アイツらはここで手柄を上げることを目的としてんだから、どっちにしろここに残りたいとは言わねぇだろ。だからお前は、精々村人共を落ち着かせてろ」
「……もしもの時は?」
「……ないとは思いたいが、そん時は森とは反対方向に向かって一直線に走らせろ。そんでお前も逃げろ。能力使えばどうとでもなるだろ?」
「なるかもしれないけど……」
「はっ……おいおい、まさか心配してんじゃねぇだろうな?」
「…………」
「心配されようが何だろうが、どの道そう簡単には死なねぇよ。それに、死んだところで痛くないだろ。私が元々どういう人間かもう忘れたのか? 対消滅させれば儲けもんだろうが」
「そういうんじゃ……」
「だったらその顔を止めろ。惚れちまうだろうが」
「冗談言ってるんじゃないんだけど……」
「こっちも冗談では言ってねぇよ。ま、すぐにとはいかねぇけど、ちゃんと戻って来てやるから安心しろ」
そう言うと、キャティアの姿は一瞬にして掻き消えた。
残された俺は念のためにと前に村でもらった短剣を出しておき、村人達のいる方へと歩いて行った。長剣も持ってはみたのだが、あまり長いと俺の方がバランスを崩してしまうため、短剣の方がいいだろうと感じたのだ。
それにそもそも、俺の主な戦闘スタイルはガムを張り付けてどうこうするというものなため、剣自体はあまり重要でもないのだから、これに関しては気持ち程度の物だ。だがそんな気持ち程度のお飾りでも、あるのと無いのとではやはり違っている。武器があると人間安心するものである。
そして村人たちが集められたスペースにまで戻ると、彼らを落ち着かせるため、取り敢えずそれらしいことを言っていく。それは何の根拠もない事だったが、しかし、彼らは何が起こっているかをよく理解していないのだ。俺も俺でそうなのだが、だからこそ好き勝手言える。
それを何度か繰り返すと彼らも次第に落ち着いてきて、ここではどうするのが正解なのかを理解した様だった。小さい子供達はよく分かっていないながらも、その指示には従ってくれた。従ってくれたというか、単に慕ってくれているだけだとは思うのだが、取り敢えず騒ぎ出して走り回ったりというようなことにはならずに済んだ。
俺としては確かに、ここに残れたこと自体悪いことではなかったのだ。この先にどんな魔物が出てくるのかも分からないし、それの対処法だって知りはしない。それを思えばこうして村人達を見ておくだけの仕事というのは、危険も少ないし気持ち的も楽なのだろうが、こうして子供達がわらわらと集まっては頼りにしてくれているのを見ると、それでいいのかとも思ってしまった。
別に頼りにされたらそれに応えなければならないなどということも無いのだろうが、それでも、何も感じないわけではなかったのだ。
人から頼りにされるという経験の少なさがそうさせたのか、それは俺自身分からないのだが、どこかいい気になっていたというのは事実だ。その場において自分だけが頼りにされるというのは、安全欲求が満たされていないこの状況下にも関わらず、俺の中にもある承認欲求を満たしていたのだ。
だからだろう、あんなことをしたのは。
村人達を落ち着かせてからしばらく、俺は森に向かっていた彼らが帰ってくるのを今か今かと待っていたのだが、その時、森の方から、思わず吹き飛ばされそうになる様な暴風と、ビリビリと痺れる轟音が鳴り響いた──それは何かが地に墜ちる音、否、着陸した音であった。
俺は何事かと振り返り、そしてそれを見て啞然とした。
絶望もした。
「っ、なん……なんで……」
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