潜水艦「伊49」とは何か

■「伊49」という艦名の由来


太平洋戦争中の日本海軍には、「伊49」という艦番号を持つ潜水艦は実在しません。


実は開戦直前の数日間だけ「伊49」の名前を冠していた潜水艦がありましたが、艦名整理で改名されたため、以降はずっと「49」は欠番なのです。


そのため、本作『傍霊の島 伊49北太平洋漂流記』に登場する伊49は、あくまで創作された架空の艦艇です。


もっとも、完全な空想というわけではありません。


伊49の艦型や性能は、史実に存在した「伊十五型潜水艦(通称:巡潜乙型じゅんせんおつがた)」に基づいて構成されています。


この章では、作中に登場する伊49の設定を整理するとともに、そのモデルとなった実在艦との比較を通じて、設定の背景にある構想や史実との接点をたどっていきます。



■伊49の艦型・仕様・組織体制


伊号第四十九潜水艦(通称、伊49)がベースとしている巡潜乙型潜水艦は、日本海軍の中でも長距離航行能力と大型艦体を持つ「巡洋潜水艦じゅんようせんすいかん」に分類されます。


当時の潜水艦としては船体が非常に大きく、全長は約109メートル。

サッカー場の端から端までの距離に相当し、ビルで例えると地上30階建てのビルを横に寝かせたようなサイズ感です。



=伊49 基本スペック=


全 長 : 約109m

最大幅 : 約9.3m

排水量 : 水上:約2,200トン 水中:約3,650トン

速 力 : 水上:23ノット 水中:8ノット

航続距離: 水上16ノットで約14,000海里(ディーゼル駆動)

      水中:3ノットで約100海里(バッテリー駆動)

搭載兵器: 艦首魚雷管6門(魚雷17本)

      25ミリ連装機銃 × 1機(対空用、艦橋に設置)

      40口径14cm単装砲 × 1門(後部甲板に設置)

搭載機 : 零式小型水上偵察機 × 1機

      呉式1号4型射出機 × 1基(いわゆるカタパルト)

その他 : 簡易救命筏、折り畳み式小艇(カッターボート)を搭載



この巨大な船体の中に約80名の乗員が、艦長や士官以下、各職能に分かれて乗り組んでいます。本作『傍霊の島』に登場する伊49でも、これに準じた体制がとられています。



=伊49 の組織構成=


艦 長 : 

 艦の最終責任者。戦術判断や乗員統制を含む全指揮をとる。

 伊49では冷静沈着な藤堂少佐が務める。

副 長 :

 艦長を補佐する次席指揮官。艦長の意図を具体的な指揮命令として艦内に伝達し、

 各部署の調整と統率を担う要職。伊49では加納大尉が務める。

航海科 :

 操艦・測位・潜航浮上の管理など、航行全般を担当。

 伊49の航海長は加納副長が兼務。

水雷科 :

 魚雷・後部砲・機銃などの兵装の整備運用を担う。

 伊49では高瀬中尉が水雷長を務める。

機関科 :

 ディーゼル主機関、電動機、蓄電池などの運転・保守を担当。

通信科 :

 通信機器の操作、傍受・暗号処理などを担当。

 伊49では松岡中尉が通信長を務める。

糧食科 :

 食料の調理、配給、補給の管理。

衛生科 :

 衛生兵が所属し、傷病者対応や衛生用品管理などを行う。

 伊49では糧食科と兼務。

航空関連:

 零式小型水上偵察機の搭乗員2名と数名の整備員がいる。

 組織上は水雷科に属するが、勤務区画は整備作業に適した艦中央部にあり、

 戦闘時も魚雷室ではなく格納筒下部区画に配置される。



■史実の巡潜乙型とその運用思想


巡潜乙型潜水艦(伊十五型潜水艦)とは、太平洋戦争前から戦中にかけて日本海軍が建造した大型潜水艦の一群であり、同型艦は20隻にのぼります。


本型は1930年代後半から配備が始まり、開戦後もしばらくの間、日本海軍潜水艦戦力の中核を担う存在でした。


日本海軍の大型潜水艦と聞くと、特別攻撃機「晴嵐」を3機搭載し、パナマ運河攻撃を企図した潜水空母「伊400型」が知られていますが、伊400型が就役するのは1944年以降の戦争後期に入ってからです。


本作『傍霊の島』の物語が始まる1942年には、まだその姿はありません。

この1942年当時、日本の潜水艦戦力の主軸となっていたのが、本作の「伊49」が属する「巡潜乙型」でした。



当時、各国の潜水艦は主に商船攻撃を目的とした通商破壊戦型が主流でした。たとえばドイツのUボートは、北大西洋を中心に通商破壊で多大な戦果を挙げています。


一方、日本海軍はまったく異なる発想から潜水艦を設計・運用していました。


・太平洋という広大な戦域を前提とし、長距離の単独航行能力を重視

・潜水艦に偵察機(零式水偵)を搭載し、敵艦隊の探索任務にも従事

・水上砲撃、魚雷攻撃、航空偵察、兵員・物資輸送などの多目的運用


このように、日本海軍の潜水艦は「艦隊決戦に先立ち、敵艦隊の位置をつかみ、機先を制するための先遣兵力」として運用されており、その思想は極めて独特でした。


『傍霊の島』に登場する伊49も、まさにそのような構想を色濃く受け継ぐ艦です。

物語冒頭で伊49がミッドウェー海戦の前方哨戒に投入されているのは、まさにこの艦隊決戦支援思想の延長線上にあると言えるでしょう。



■まとめ


いかがでしたでしょうか。

今回は、『傍霊の島』に登場する「伊49」に関する設定についてご紹介しました。


架空の艦ではありますが、実際にこの艦と乗員たちがあの時代、あの海にいた――

そんな風に思っていただけるよう、史実との接点を大切にしながら物語を組み立てています。


これからも小説本編はもちろん、こちらの設定集も随時更新していきたいと思っています。


面白いと感じていただけた場合は、本編・設定集ともに、★や応援、コメントなどでご反応いただけますと、大変励みになります。


引き続きどうぞよろしくお願いいたします。





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