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午後十三時、四半期ごとに行われている社内のグループ長会議が始まった。グループ長会議では各部署の課長以上の役職を就いた社員が出席し、グループごとに業績を発表していく。
数年前からリモートワークが普及しているため、半数以上の社員がリモートで会議に参加している。会議室にいるのは私と社長を含め十人程度だ。
昼食を終えたあとに行われるほぼ聞いているだけの会議は正に眠気との戦いである。
しかし、社長秘書たるもの決して居眠りをしてはいけない。私は気を引き締めて、事前に用意しておいた会議資料と発表されている内容に相違がないかチェックしていく。
「……では、その方針で。引き続きよろしくお願いします」
約二時間に渡って行われた会議は社長の合図とともに幕を閉じた。心なしか社員たちからも安堵の声が聞こえてくる。
「お疲れ様」
会議室から会議に参加していた社員たちが退散する中、隣にいる社長に声をかけられる。
「お疲れ様です。どのグループも大きな問題は無さそうでしたね」
「そうだね。この業績ならOYAJIにも堂々と報告できそうだ」
親会社のOYAJIは、数千人の従業員を抱える大手企業であり、当社IKEOJIはグループ会社の中でもOYAJIに続き高い業績を残している。
「今日の夜なんだけど、OYAJIの社長と急な会食が入ってしまって、もし良ければ湯浅さんも同席お願いしてもいいかな?」
……な、なんだって!?
社長とディナーデートだなんて、そんなの全予定をキャンセルしてでも行くに決まっている。
確か今夜は茜と二人で食事をする予定だったけれど、仕事絡みなら当日キャンセルも許してくれるだろう。
「承知しました。空いておりますので、ぜひ同席させて下さい」
「ありがとう。正直、湯浅さんがいてくれると助かるよ」
それは言葉通りの意味なのだろう。社長とOYAJIの社長は昔から因縁の仲であると聞いたことがある。
「恐縮です。お店の予約はいかがなさいましょうか?」
「それは向こうが行きつけのお店を予約すると言っていたから大丈夫。お気遣いありがとう」
「承知しました。それでは、相手方にもよろしくお伝え下さい」
「うん、了解。それじゃあ俺は今からOYAJIに行ってくるから、また夜によろしく。集合時間と場所についてはあとで連絡するよ」
そう言って社長は会議室を出ていく。
OYAJIの社長に挨拶をしたことは何度かあるけれど、会食の場に同席するのは初めてだ。
きっと相手も私のことを『子会社の社長秘書』くらいにしか把握していないだろう。社長とのディナーデートは嬉しいけれど、急な親会社との会食に社長秘書が同席しても良いのだろうか。……いいや、これは社長命令なのだから胸を張って参加しよう。
「そういえば、茜にキャンセルの連絡をしないと」
会議室から自席に戻る途中、愛用のスマートフォンでチャットアプリから『茜』を選択する。
《今夜、社長からOYAJIとの会食に誘われてデートすることになった! 悪いけど、茜との食事はまた今度にしてもいい?》
社長とデートすることに対する自慢を交え、茜との食事をキャンセルしたい旨文章を打ち込みメッセージを送信した。
それにしても、仕事とはいえ業務時間外に社長と過ごせることが嬉しくて、気を抜くと顔がニヤけてしまう。
——ブーッ
マナーモードに設定している携帯電話が通知を知らせる。早速、茜から返信が届いた。
《りょ。今度ランチ奢りでいいよ》
流石は仕事ができる女、川村茜……抜かりない。ランチを奢るついでに今夜の惚気話でも聞いてもらおう。
「おっけ、行きたいランチのお店探しておいてね……と」
——ドンッ
メッセージを送信することに気を取られ、向かい側から歩いてきた社員と肩がぶつかってしまった。
「わっ、すみません!」
私は咄嗟にぶつかってしまった男性社員へ謝罪をする。
「先輩、歩きスマホはダメっすよ」
聞き覚えのある声だな……と思い見上げると、総務部に所属していた頃の後輩である
「なんだ、杉浦君か」
思わず安堵の声を漏らす。
「『なんだ』とはなんですか。後輩に向かって失礼ですよ」
私は社長秘書に就任するまでの間、彼の教育担当を任されていた。そのため、茜から彼の活躍ぶりを聞くと『成長したなぁ』と姉心のようなものが刺激される。
「ごめんごめん。今から外出?」
IKEOJIはビジネスカジュアルが主流であることに対し、ネクタイを締めてジャケットを着用し、ビジネスバッグを所持しているというよそ行きの格好をしていたため聞いてみる。
「はい、学校訪問に行ってきます。本当は川村さんが行く予定だったんですけど、どうやら新しい企画を思いついたとかでそっちに力を入れたいらしく、いきなり『代わりに行ってきて』とお願いされました」
「それはお気の毒に……。そういえば、今朝茜が社長に用があるって言いながら社長室に来たよ」
「やっぱり! 課長や部長にバレないようにコソコソと出て行ったからそうなのかと思いました……。熱心なのは尊敬してますけど、こっちは上司たちの板挟みと仕事のしわ寄せで踏んだり蹴ったりですよ」
杉浦君は「あの人、人使い荒いから」とボヤいている。
「あはは……、それはちょっと分かる。茜の後輩なのも大変だね」
「本当ですよ。あーあ、湯浅先輩が俺の先輩のままでいてくれたら良かったのに」
茜は人を育成するというよりも自らが進んでいくタイプであるのに対し、私はどちらかと言えば人をサポートすることが得意なタイプである。
どちらも会社にとっては必要な性質であるのだろうが、後輩にとっては私のようなサポートタイプのほうが働きやすいのだろう。
「部署は離れちゃったけど、元先輩として何かあったら気軽に連絡しておいで」
「ありがとうございます。やっぱり先輩は優しいですね」
ニカッとした笑顔が眩しくて思わず目を細める。この笑顔で落ちてIKEOJIの入社を希望した学生は一体どれくらいいるのだろう。
「いえいえ。それじゃあ採用活動、頑張ってね」
「うぃ、行ってきます」
私は杉浦君を背にして歩き出す。
「何もなくても連絡したいですけどね」
そう彼が呟いた声には気づかずに——。
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