超低物価で季節感がバグった世界に迷い込んでしまいました。【MFブックス異世界小説コンテスト 長編部門 中間選考突破】
加藤 佑一
第一章 この世界ってどうなってるの?
第一話 階段の先に広がっていた光景
終着駅の公園、暗闇に支配されると同時に人影はなくなり自分一人だけの世界となった。
虚無感に襲われ大きなため息をつきながら身をかかめると、ヒラりと一枚の紙片が地面に舞い落ちた。
紙片は『山下隼人』と中央に大きく僕の名前が書かれた名刺だった。
もう必要なくなってしまった名刺。このまま捨ててしまおうかと思ったが、勤めていた会社の住所も電話番号も書いてあるので拾い上げて土埃を払う。
「ふぅ〜」
そこでまたため息が漏れてしまった。
ふと見上げると駅の反対側にあるタワーマンションに、光がいくつか灯り始めているのが目に入った。
住人が帰って来たのだろうか。
自分もあそこの住人だった。
若い頃から必死で貯めた貯金を全て叩いて買ったマンション。その後も生活を維持するべく終電で帰ってきて、始発で出発するなんてことが何度もあった。
あの日、僕は痴漢に間違われてしまった。
電車を降りようとした時、「キャー」と悲鳴を上げられた。
「やってないです」と何度も言ったが聞き入れてもらえなかった。
警察に連れて行かれても何度も否定し続けたが、「お前の手からは女性の着ていた服の繊維が検出されたんだぞ」と言われてしまった。
「あれだけ混んでいる車両から降りたんだ。服に触ってしまうことくらいあるだろ」と言ったが聞き入れてもらえることはなく、どうすることもできない状況に追い込まれてしまった。
否認を続け心象を悪くしてしまった僕は、女性の言い分のみ通り不同意わいせつ罪となってしまった……。
その後は転落の一途だった。
その日、大事なプレゼンを控えていた僕はプレゼンに穴をあけ、会社に損失を出し、痴漢の件もあり懲戒解雇になる。
親族には「子供を犯罪者の子として学校に行かせるわけにはいかない」と言われ離婚することとなり、マンションを出ることになった。
長年勤め続けた会社、幸せを共にした家庭、快適な暮らしを提供してくれていた自宅マンション。
全て失ってしまった。
茫然自失のまま何時間こうして公園のベンチに座ったまま過ごしていただろう。もう流す涙もなくなり、感情を表に出すことすら煩わしくなっていた。
空気が変わり湿っぽい風が流れてきて霧が立ち込め始める。僕の乾いた目の代わりに空気が涙目になってくれているそんな感じがした。
!?
夜風にあたって体が冷えたからだろうか、生理現象が襲ってきた。
今日一日何も口にしていないのだが、トイレには行きたくなるんだな。
ふふふっ、なんだか笑えてくる。
立ち上がる気力さえなかったのだが生理現象には抗うことができず、公園に設置されている公衆トイレに駆け込む。
用を済ませ表に出ると霧はさらに濃くなっていた。
!?
表に出ると同時に見かけない建造物が設置されていることに気付いた。
階段?
あれ?こんなとこに階段なんてあったっけ?
そういえば数日前この辺で何か工事してたな、ここから反対側に渡れる歩道橋を設置したのだろうか?
僕は吸い込まれるようにその階段を登りだす。
不思議な階段だった。柔らかみを感じる踏み心地なのだが、反発性があり足をリズム良く出すことができ、トントントンと運動不足気味の僕でも軽快に登っていくことができた。
気分良くなった僕はそのまま進んでいき、最上段まで達するとその先に広がっていた光景に思わず息を呑んでしまった。
そこには輝きで溢れる広大な景色が広がっていた。
??
あれ?
今お昼だったっけ?
あれ?
暗かった…よ…ね?
それに…駅の近くにこんなただっ広い公園あったっけ??
丁寧に手入れされた青々とした綺麗な芝生が広大に広がっていて、その奥に森林が広がり、その奥にビル群が広がっていた。
いつの間に開発が進んでいたのだろう?駅の反対側がこんな感じに開発されていたなんて知らなかった。
ガヤガヤ、ワハハ、キャッキャ、キャッキャ。
人の声?
!?
えーっ!!
人の声がすると思って目を向けると、芝生の上で遊んでいる人達が目に入ったのだが、現実離れした光景に度肝を抜かれてしまった。
人が下半身を動かすことなく前に進んだり、後ろに進んだり、なんなら横に進んだりもしていた。
え?え?どゆこと?どゆこと?
絶対普通の人の動きじゃないよね?
もしかして幽霊ってやつ?
もしかして僕死んだ?
ここは天国か!?
いや、いや、いや、、。
僕何もしてないし、階段登ったくらいしかしてないよね?
それだけで死んだとかあり得る?
てか、あの人達すっごい楽しそうな声あげて笑い合ってんだけど……
幽霊って笑うの?
正体を探ろうと思い走り出そうとした瞬間だった……。
「わっ!」
焦る気持ちに体が付いていけず、足がもつれてしまいその場に転倒してしまった。
痛〜ッ!
くない?
??
え?
痛くない?
転んでしまい芝生に手と膝をつけたのだが、痛みは感じず、何か柔らかい物に触れたくらいの感触だった。
??
なんだこれ?
なんだこれと思い、芝生を手に取ろうと思って引き抜こうとしたのだが、抜くことはできず地面ごと上に盛り上がってしまっていた。
??
は?どゆこと?
もしかして天然芝だと思っていたが……これ、人工芝か?
え?じゃあこの目の前に広がっている芝生全部人工物?
うっそ〜!
シャ〜〜〜ッ!
「わっ!」
その時、僕の隣を幽霊が通り過ぎていった。
僕は心臓が飛び出るくらいビックリして尻餅をついてしまった。
のだが……。
!?
いや、幽霊じゃない?
電動バランススクーターに乗った人か?
ああ、びっくりしたー!
人がスクーターで遊んでいただけだったのね。どうりでスゥー、スゥーっと移動していたわけだ。
ならそういう動きになっていてもおかしくないか!
驚かすなよ、まったくもー。
てか、僕が勘違いしていただけか…あはは…恥ずかしい。
でも、ヘルメットも被らずにそんなのに乗ってたら危ないんじゃないの?
いや待てよ。このクッション性の良い人工芝の上でなら、転んで頭打っても平気なのかも。
気が動転してしまう出来事だったが、これではっきりした事がある。ここは天国ではない。
でも、じゃあ、ここはどこ?
不思議なことがたくさん起こりすぎて、さっきまで何もする気になれず塞ぎ込んでいたのだが、好奇心が優った僕はどんどん歩を先に進める。
芝生ゾーンを抜けると池があり、池の中央に備え付けられている橋を渡り、その先にあったコスモス畑、と言っても多分これも本物の花ではなさそうだった。
造花っぽい印象を受けたコスモスゾーンを抜けて、そして、その先の森林地帯を抜けるとようやく公園の外に出ることができた。
え〜〜っ!
なんじゃ、こりゃ〜〜っ!
公園の外はさらに驚くべき光景で溢れかえっていた。
そこは、車っぽい翼のない小型飛行機が飛び交う世界だった。
街行く人から聞こえてくる会話は日本語。
街中に表示されている文字も日本語。
でも、多分ここ日本じゃない。
てか、地球じゃない。
月が二つある。
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