第36話 帰る場所

「ここは、どこでしょう?」


 ドーム型の天井に、ステンドグラス。目の前には女性の銅像……。

 まるでどこかの国の礼拝堂みたい。こんなところあったっけ?


「王宮の中にある神殿だ」

「王宮? ここって王宮なんですか?!」


 帰してくれるとは言っていたけど、どうして王宮の中に?

 私なんかが足を踏み入れていいのだろうか。あたふたする私とは対照的にフォティアスさんは落ち着きを放っている。

 よく見ると足元には大きな魔法陣のようなものがあった。

 

「私はここから魔界に行ったんだ」


 ここから行った……。じゃあ、フォティアスさんは元いた場所に戻ってきたということか。だから落ち着いてるんだ。


「ここは魔界と繋がっているのですか?」

「そういうわけではない。この魔法陣を使って逆環戻魔法を発動させたんだ」

「逆環戻かんれい魔法?」


 環戻魔法とは失ったものを呼び戻す高位魔法の一種。本来なら、失った足を呼び戻すために使う魔法。それを逆に、足の元へ自身を引き寄せていくという使い方をしたそうだ。


「助けに行くのが遅くなってすまなかった」

「謝らないでください! 先ほども言った通り私はなんともありませんから」

「無事で良かった。それにしてもなぜミゼリカは私の足を?」

 

 フォティアスさんが来てからあっという間に足は返され、下界に戻ってきた。何が起こったのかきっと理解できていないだろう。

 私はことのいきさつを全てフォティアスさんに話した。

 時折眉をひそめ、呆れながら話を聞く。


「返してくれたということは、ミゼリカ様は満足してくれたということですね!」


 私は得意気に笑って見せたけれど、フォティアスさんは小さくため息をついた。


「私はずっと心配でおかしくなりそうだった」

「それは……すみませんでした」

「いや、責めるつもりはないんだ。この足のこと、本当にありがとう。君は本当にいつもとんでもないことをやってのける」


 フォティアスさんは裸足のままの足を見下ろす。そして手に持った義足から靴を外すと右足に履いた。

 トントンとつま先を鳴らし、踏みしめるその足にゆっくりと息を吐く。

 なんだかすごく、感慨深い。私が取り戻したんだ。彼の足を。


「でも、環戻魔法というものが使えるのなら、すぐに足を取り戻せたのではないですか?」

「この魔法陣を使うには特別な許可が必要なんだ。いろいろと面倒なこともある。それに、ミゼリカがあっさり手放すとは思わない。抵抗されれば失敗する可能性が大きかった」


 たくさんのリスクがあって自分の足を諦めるほどだったのに、私のために来てくれたんだ。


 突然魔人に攫われ不安だった。

 もう二度とこの人と会えなくなるのかと怖かった。

 自分でなんとかしなければと気を張っていたけれど、彼の顔を見た瞬間泣きたくなるくらい嬉しかった。


「フォティアスさん、迎えに来てくれてありがとうございました」

「当たり前だ」


 フォティアスさんはフッと笑い、私の頭を撫でた。

 その大きな手にドキリとする。そして、安心した。


「帰りましょうか」

「そうだな」


 王宮の中を歩くことに緊張したけれど、隠し通路のようなところを通ったので人に会うことなく外へ出てきた。

 見慣れた街並みに思わず笑みが零れる。


 まだ数日しか経っていないのに、なんだか懐かしく感じてしまう。

 帰ってきたんだ。自然とそう思った。ここが私の帰る場所なんだと。

 

 お店まで送ってもらい中へ入ると、カウンターの上に籠いっぱいのハーブが置かれてあった。


「え……これは?」

「レーナを探しにハーブ農園へ行ったとき、まだ来ていないと言っていたから一応もらっておいたんだ。必要かと思って」

「ありがとうございます。また行かなければいけないなと思っていたんです」

「今度どこかへ行くときは私もついて行く」

「もう大丈夫ですよ。ミゼリカ様が無理やり攫うことはないと思います」

「それだけではなく、他にも危険が潜んでいるかもしれない」


 本当に心配性だなぁ。ミゼリカ様のことは解決したし、そうそう危険な目に合うものでもないだろうし。

 でも今回ことも大丈夫だと言って結局攫われてしまったので、心配させてしまうのも仕方がないのかも……。


「あ! そうだ、私マスターに作ってもらいたいものがあるんです」


 ナタリーさんの夜会のためのヘアセットで使う道具。

 日付を見ると夜会まであと五日。

 ハーブでメンソール系のシャンプーを作ろうと思っていたけれど、それは後回しにしよう。

 ホットカーラーはマスターにお願いするとして、毛たぼも用意しておいた方がいいかな。あとはアメピンとU字ピンもたくさん欲しい。ヘアアイロンをミゼリカ様にあげてしまったからそれもお願いしないと。

 準備、間に合うだろうか。


 そわそわしていると、フォティアスさんは不思議そうに私を見る。


「何をそんなに焦っているんだ?」

「夜会までに間に合うか不安で……」

「夜会に行くのか? 誰かに誘われたのか?!」

「え?! 違います違います。夜会に行く方のヘアセットをするのです」

「ああ……ヘアセットか」


 私が夜会に出席するわけがない。貴族の令嬢でもなければ誘ってくれる人だっていないのに。


「私には縁のない場所ですよ」

「行ってみたいとは思うのか?」

「まあ、興味はありますかね?」

「そうか……」


 どんな雰囲気なのか知りたいとは思う。

 これからヘアセットのお客さんも増えてくるかもしれないし、他のご令嬢の髪型を見てみたい。


 そういえばフォティアスさんは夜会に出席するのだろうか。軍服にローブ姿しか見たことがない。正装した姿はどんな感じなんだろう。気になるけど、私が目にする機会なんてないか。


 そんなことよりも、早く準備を進めなければ!


「今からマスターのところへ行きます!」


 せっかくお店まで送ってもらったけれど、私はそのままマスターのところへと向かった。

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