第22話 呪いの根源

 私とフォティアスさんは小屋の中へ招かれ、小さなテーブルに並んで座っている。

 向かいには黒い魔女。彼女は俯いたまま、まだ涙を流している。


「ジェルバさん……ですよね?」

「どうして、わかったの?」


 最初に会ったとき、魔女って死ぬと消えていくんだ、なんて思っていたけど、そういうわけではなかったんだな。

 本人も魔力がもうだめだと言っていただけで、死ぬなんてことは言っていなかった。

 私が勝手にジェルバさんは死んでしまったと思い込んでいただけ。


「瞳の色です。青くて、綺麗な瞳がとても印象に残っていました」


 あの時のジェルバさんは、ウェーブのかかった艶のあるブロンドの髪に肌の綺麗な美しい女性だった。

 魔法で美しさを保っていると言っていたが、今の姿が本来の姿なのだろう。


 けれど、瞳の色だけは変わっていない。そして声を聞いて確信した。


「私がここにいることにも気づくなんて、レーナは私が思っていた以上に優秀な後継者だったみたいね」


 ジェルバさんは眉をさげ、悲しそうに笑い、そして深く頭を下げた。


「ごめんなさい。私はしたことは決して許されることではないわ」

「懺悔は必要ない。我々は、呪いを解きたいだけだ」

「自分でも、どうすることもできないの……私がいなくなれば呪いはなくなるのに、死ぬことさえできない」

 

 拳を握りしめ話しをする姿は、悲しそうで、苦しそうで、今にも消えてしまそうな儚さを纏っている。

 そんなジェルバさんに、フォティアスさんは冷静に事情を聞く。


「死ぬことさえできないとは、どういうことなんだ?」

「本来なら、私はもう死んでいるはず。でも、それができない。私も呪われているの。いえ、私自身が呪いなのよ」

「あの、そもそもの呪いの原因はなんのでしょうか?」

「それは、私の魔力が暴走したせいなの――」


 呪いは、友人と婚約者が結婚したことが原因なのではないかと思っていた。でも、実際はそんな単純なことではなかったのだ。

 ジェルバさんが、大勢の人を巻き込んでしまうほどの大きな魔力の暴走。


 それは、大切な友人を守りたいという想いが暴走したものだった。


 ◇


 約七百年前ジェルバさんは平民の子、グロリアとして生まれた。生まれつき魔力の高かったグロリアは、その能力を生かし若くして薬師として大きな成功を納めていた。

 そんなグロリアの能力と財産を欲した伯爵家の当主が自分の息子との婚約を結んだのだ。

 平民の出だったグロリアは断ることができず、政略結婚なんてよくある話だと婚約を受け入れていた。

 けれど、その伯爵家の息子がとんでもない人間だったのだ。


『君はなんて醜い姿をしているんだ。その自慢の魔力とやらでその見た目をなんとかしたらどうなんだ』


 それが、婚約者の口癖。美しい女性が好きだった相手は親の決めた婚約に納得がいっておらず、ひどく蔑まれていた。

 傷つき、落ち込んでいたグロリアを支えていたのが友人のリアナだった。

 

『グロリア、あなたの綺麗な青い瞳がとっても好きよ』


 友人に慰められながらも、婚約者に言われた通り、美しくなろうと努力した。けれど、上手くいかなかったのだ。

 どれだけ効能の良い薬を作っても、髪が綺麗になることも、そばかすが消えることもない。


「――私の魔力で作った薬は、自分には効かなかったの」

「そうなのですか? 私にはジェルバさんの魔力が流れていますが、薬はとっても良く効きます」

「それは、レーナの体だからよ。私の体が作り出した魔力は、私の体には効かないの……」

「では、初めて会った時のあの姿は?」

「あれは幻覚魔法でそう見せていただけ。私自身の容姿が変わっていたわけではないわ。あなたもそれは気付いていたでしょう?」


 ジェルバさんはフォティアスさんに目を向ける。


「幻覚魔法を見せられていることはわかっていた。だが、魔力が強力で本来の姿を確認することはできなかった」


 ――そして、グロリアがどうにか容姿を美しくしようと努力しているさなか、婚約者はあろうことかリアナに目をつけたのだ。艶のある美しい髪、白い肌に大きな瞳。華奢なその体は誰が見ても可愛らしいお人形のようだった。

 ちょうど父親が亡くなり、伯爵家を継いだタイミングでもあり、グロリアとの婚約を一方的に破棄し、無理やりリアナと結婚した。


 伯爵はリアナを家に閉じ込め本物の人形のように扱った。口答えは許さず、気に入らないことがあれば手をあげる。

 グロリアは悔やんだ。


 自分に、彼を説き伏せられる程の権力や地位があれば。

 自分が美しければ、リアナはこんな目に合わなかったのに。


 リアナが美しくなければ、結婚なんてさせられなかったのに――


 そんな黒い感情が呪いになった。

 リアナの皮膚は黒く染まり、禍々しい容姿になっていった。不本意ではあったが、リアナは婚姻を解消し、グロリアの元へとやってきた。それから呪いを解くために奔走したが、叶うことはなく、リアナは亡くなってしまった。


 その後、呪いは関係のない人々にまで広まっていき、多くの人が命を落としてしまった。


「――私は呪いを解くことができなかった。だからせめて、薬だけは絶対に完成させなければいけなかった」

「どうして、黒い魔女グロリアではなく、青い魔女ジェルバになったのですか?」

「グロリアは三百年前に死んだのよ」

「え?! 死んだ?」


 さっきは死ぬことさえできないと言っていたのに、どういうことだろう。


「諦めたの。完成しない薬を作り続けてこれ以上人の命を奪ってはいけない。だから自ら命を断った。心臓は止まったはずだった。でも、目が覚めると私はまだ存在していたの。何度繰り返しても同じだった」


 心臓が止まれば、亡くなるのはこの世界でも同じだ。じゃあ、このジェルバさんは亡霊? それとも何度も生き返ったの?


「魔力残留か」

「魔力残留?」

「強すぎる魔力を持つものは肉体が終わりを迎えても魔力が残り、魔力が形を作ってその者を留めるんだ」

「ですが、ジェルバさんの魔力は全て私に……」

「全てでは、ないのだろう?」

「その通りよ。でも、これだけは自分で背負わなければいけないの」


 三百年前に黒い魔女グロリアとしての生を終え、青い魔女ジェルバとして、薬作りを再開したのだそうだ。

 今ジェルバさんを保っている魔力は、黒い魔力、呪いの根源となっているものだという。

 そしてここ数年、その黒い魔力が大半を締めてきていた。正常な魔力が飲み込まれてしまう前に後継者に継承することにしたのだそう。

 

「レーナ、あなたには本当に申し訳ないことをしたわ。本当のことを告げずに後継者を押し付けてしまった」

「押し付けられたなんて思っていません。私は今、やりたくてこの仕事をしています。それよりも、本当に呪いは解けないのでしょうか」


 どうして、呪いがかかったのかはわかった。

 友人を助けたいという想い、そして自分が美しくなれていたらという後悔。

 それを取り払うことができれば、ジェルバさんの呪いは解けるのではないだろうか。


「何か、方法があるのか?」

「数日、私にください。やってみたいことがあるのです。魔術師団にも協力していただきたいことがあります――」

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