第9話
誰もいない家に帰ってわたしは早速ノートを開いた。
日記を書こうと思っていた。今日のことを、辛いことだけじゃなく、嬉しいこともふくめて。
紙になにかを書くのは、小学校の習字の授業以来だった。ふしぎと、ARで書くより素直な感情をだせる気がした。この原始的な紙が、インターネットに接続されないからだろうか。
『転校生からプレゼントをもらえて嬉しかった』
これはわたしの感情だと、書いた文字を見て、そう思った。
そして、今日転校生してきたばかりの男の子のことを思いだした。まだ出会って一日なのに、馴れ馴れしく話かけてくる透波リツの顔を。
『なんだか嬉しそうだね、チカ!』
ぼんやりとしているわたしの前に、天使が現れる。
呼び出してもないのに、彼女はひらひらと楽しそうに舞った。彼女の抜け落ちた羽が、神秘的な速度で落ちてく——。
やっぱり、わたしはこのおせっかいな天使と、仲良くなれそうにない。
わたしは笑いながら、「うるさいなあ」と天使にデコピンをした。
もちろんわたしの指は空をきり、にこにこした天使がじっとわたしを見つめていた。
★
このときは、まだ気づいていなかった。
世界の異常に。
自分の誕生日に、世界で一万人が自殺していたことに。
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