第12話 ホットミルク


「まだ夜明けにはなっていないか。といってもいつ明け方になるのかまったくわからないがな」


 無事に目的地へ辿り着いたが、あれはまだ見られないようだ。村長のエルドさんから聞いた話によるともう少し待たなければならないらしい。


「……さすがに寒いな。早くテントを立てて、温かい飲み物でも飲もう」


 この山はそれほど標高が高い山ではないので、下よりも一気に気温が下がるということはなかったが、それでも元からだいぶ寒いからな。


 バックパックから大きなテントを取り出して設営を始める。


 この異世界のテントは元の世界のテントのように小さく畳めるわけではなく、設営も少し手間がかかる。しかし、このバックパックのおかげで大きさや重さを気にしなくてすむのは非常に助かる。


 旅をしていた時はいかにバックパックに必要最小限の荷物を詰めるかがとても大事だった。あまり物を入れすぎると重くて動きにくくなるし、テントや寝袋などのキャンプギアは小さくて軽い物ほど値段が高いのである。お財布と重量のどちらを選んでいくかよく悩んだものだ。


「ふう~テントの中に入るだけでだいぶ違うな」


 テントの設営を終えて中に入る。このテントはかなり大きめのテントなので、中で立ち上がることも可能だ。テントは広い方が快適だが、その分大きくて重いから大変なんだよ。


 外の冷気を遮断するだけでだいぶ体感温度が変わるものだ。そしてバックパックの中からホットミルクを取り出す。このバックパックは物を入れた時点でそのまま時が止まるため、温かい飲み物を事前に準備をしておいて正解だった。


「ああ~こいつは温まる~」


 両手でそっとカップを包み込むと白い湯気がふわりと立ちのぼり、ほのかな甘い香りがする。そっと口をつけると、じんわりと温かいミルクが舌に広がり、冷え切った身体の奥へと流れ込んでいく。喉を通るたびに、身体の中からぽかぽかと温かさが広がっていった。


 寒さでこわばっていた指先も、少しずつ緩んでいく。テントの外はまだ冷たい風が吹き荒んでいるけれど、今だけはこのホットミルクのぬくもりに包まれて、静かで穏やかな時間を味わうことができる。


 苦労してここまで登ってきたからなあ。その分温かい飲み物が沁みわたる。


「さて、とりあえず腹ごしらえでもするか」


 身体も温まってきたし、かじかんでいた指先も動くようになってきた。時間はあることだし、何か作るとしよう。


 テントの中でコンロを使えばさらにテントの中も温まるだろう。もちろんテントが燃えてしまわないように細心の注意を払うつもりだ。


 そしてテント内の結露がすごいから、あとで拭かないといけない。テントはちゃんと手入れをしないとすぐにカビが生えてしまうのである。




「よし、完成! まだあれは見えないみたいだし、ご飯にしよう」


 今日は昼頃に起きたとはいえ、今はもう真夜中だから眠気も出てきた。こういう時には話し相手も欲しいことだし、いつものお供え物として女神の分を作っておいた。


「本日のお供え物でございます」


 2人分の料理が並べてある食卓に座り、両手を合わせて感謝の祈りを捧げる。


 するといつものように真っ白で何もない空間へとやってきた。


「久しぶりじゃな、ガクト。まったく、もっと頻繁に供え物をしてもよいのじゃぞ!」


「久しぶりって、まだ前回から数日しか経っていないぞ」


 いつの間にか現れた少女姿の女神が目の前のテーブルの前にちょこんと座っている。


 確か前回はウェルダ村からナエル村へ向かう途中にお供え物を捧げたからまだ1週間も経っていなかったはずだ。前々回のヴァインボアの睾丸料理で怒っていたから、お詫びの意味も込めて早めに供え物を捧げたんだっけ。


 いつもは1~2週間に一度くらいの頻度でここへ来ている。


「この時間は仕事をサボれる絶好の機会じゃからな。この空間にまでは他の天使までも来ることができないからのう。異世界人の報告会ということでのんびりとできるのじゃ」


「………………」


 本当にこいつは女神なのだろうか?


 俺が基本的にこいつのことを様付けして呼ばないのはそういう理由だ。もちろんこの世界に転生させてくれたことと、すばらしいスキルというものを授けてくれたことにはとても感謝しているが、尊敬できるかどうかとは別問題である。


 まあ、忙しい仕事の合間に息抜きがしたいという気持ちも理解はできるがな。どうやら女神という仕事(?)は非常に多忙らしい。


「ついさっきもスキルのおかげで助かったばかりだ。今後もできるだけ時間を取るようにするよ」


「うむ、頼んだのじゃ!」


 さっきみたいに魔物に襲われた時や村ぐるみで囲まれた時もスキルのおかげで助かった。


 娯楽の少ないこの世界では料理を作るのも楽しいから二人分の料理を作るのは苦ではない。それにこうして一人寂しい中で誰かと一緒に飯を食えることは俺にとってもありがたいことである。今後も時間を取るとしよう。


「今日はどんな料理を食べさせてくれるのじゃ?」

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