第9話 極夜
「さて、こんなものか」
市場で食材を買いこみ、バックパックへ収納する。ビルグの街から離れて、人のいないところでバックパックからぶ厚い服を取り出して何枚も着込んだ。
これから向かう場所はかなり寒い場所だから、薄い服では一瞬で凍え死んでしまう。転移する場所によっては服装も注意しないといけない。
「それじゃあ、いざ転移!」
瞬間転移スキルを使うと、いつものように視界が瞬時に切り替わった。
「おおっ、本当に真っ暗だ!」
時刻はまだ夕方ごろだというのに周囲は真っ暗で何も見えない。
当たり前だがこの世界にだって地域による時差はある。だが、むしろこの地域ではまだ昼過ぎごろのはずだ。
「これが
極夜――それは元の世界でも存在する、ある一定期間まったく日が昇らないという現象だ。地球は傾いたまま太陽の周りを公転しているため、北極圏や南極圏などの高い緯度の地域では夏や冬になると、太陽光が地平線の下に沈んだままの状態になる時期がある。
これとは正反対で、夜も日がずっと昇っている白夜というそっちの現象の方が有名かもしれない。もちろんここは異世界なので、前世の科学的なこととは関係ない現象の可能性もある。ファンタジーな理由だったらそれはそれで面白い。
「完全な暗闇というわけではなく、仄暗い夜といった感じか。それにしても寒い!」
ようやく目が慣れてきた。先ほどまで明るい場所にいたから、周囲が一気に暗くなってまだ目が慣れていなかったのだろう。転移してきたこの場所はとある村からすぐそばにある草原だが、雪が積もっている。今雪が降っていないのは運が良かった。
極夜が起こる時期は日が昇らないため、気温が極端に下がる。まあずっと日が昇らないと冷えるのは小学生でもわかることだ。かなり着込んできたはずなのだが、それでもまだ少し寒い。
「おっと、明かりを忘れていた。それと警戒用の魔道具を準備しておこう」
俺もこの極夜という時期に来ることは初めてだから、いろいろと出し忘れていた物があったようだ。
そこまで怖がりというわけではないが、やっぱり真っ暗な夜だといつもより独り言が増えてしまう。元の世界で旅をしていた時はカメラで夜景や星空を撮っていて真夜中に出歩くことも多かったが、その時も心細くてつい独り言が出てしまうんだよ。
特に岐阜県にある白川郷の夜景を撮りに行った時は本気で怖かったなあ……。あそこは伝統的な合掌造りの集落で、昔ながらの木造で藁葺き屋根の家となっており、電灯などもほとんどない。おまけに某ホラーミステリーのモデルとなっているので、祟られるのではないかと怖かったぞ……。
バックパックからランタンと警戒用の魔導具を取り出す。どちらもコンロと同じで電気ではなくこの異世界に存在する魔石という物をエネルギーとしている。魔石は主に魔物の核となる存在で、一部の魔物が保有しているらしい。
もちろん俺に戦闘能力はないので魔物を倒して手に入れたわけではなく、お店で購入した物だ。小さくて長持ちする電池みたいなものだな。元の世界でもこの魔石とやらがあればエネルギー問題が一気に解決しそうである。
「……いや、魔物を引き付けそうだからランタンは止めておくか。とはいえ視界が悪いから、警戒用の魔導具は付けておこう」
野生動物は火を怖がると思っている者も多いかもしれないが、初めて火や明かりを見る動物はむしろ好奇心を持って近付いてくるのだ。まあ、魔物も一緒なのかはわからないけれど。
完全な暗闇でないから一応道は見えるけれど、いつも以上に視界が悪いから警戒は必要だ。警報用の魔道具はそこそこ高いから節約をしたいところだが、命は大事に作戦でいくとしよう。
さて、いつも通りまずは村で情報収集だ。
「おやまあ、こったら村にまで客人がくっとは珍しいのう」
「こんにちは。旅をしているのですが、一晩泊めていただいてもよろしいでしょうか?」
近くにあるセフォル村へとやってきた。この辺りはとても寒くて魔物の数自体もかなり少ないから見張りなんかもいないらしい。以前この村を訪れた時に聞いた話だ。
この共通言語スキルによってこの世界の大体の地域で使用されている共通語を日本語として理解できるのだが、地方だとこんな感じで訛って聞こえることもある。
「おう、客人なら大歓迎だべさ! 念のためさ、村長に会ってもらえるだか?」
「ええ、もちろんです」
50代くらいの男性に案内されてセフォル村の中を進んでいく。この男性も魔物の毛皮で作られた分厚い上着を着込んでいて、モフモフとしたフードをかぶり、靴もモコモコした長靴を履いている。
村の家も先ほどまでいたビルグの街のそれとはまったく異なっていた。この時期の寒さに耐えるため分厚いレンガ造りの家で、熱を逃さないため地面を掘っていて低い家。そしてどの家からも屋根からは煙突が顔を出している。この寒さで暖炉がなかったらここではまともに暮らしていけないのだろう。
場所によって生活様式がまったく異なっているので、旅をしながらその地域の人々の生活を見るのは楽しくもある。
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