黒猫の告解
ベガさん
第1章 夕食前夜
第一章 ― 夕食前夜
山荘のダイニングルームには、
古びた家具が並び、
テーブルにはすでに美味しそうな
料理が並べられていた。
豪華でありながらもどこか温かみがあり、
まるで数世代にわたる
家族が集う食卓のような雰囲気だった。
「おいしいですね、これ」
佐伯アオイは、
出されたスープを口にしながら言った。
周囲の作家たちは、すでに席に座り、
各々が黙々と料理を楽しんでいる。
「この料理は、館の主人が独学で学んだものだよ」と、年齢不詳の男性、高杉辰也が話しかけてきた。
彼はあまり口を開かないタイプで、
普段から冷徹な印象を与える作家だったが、
その目にはどこか興味深げな光が宿っていた。
「おお、独学で? それはすごいですね」
アオイは軽く微笑んで返した。
高杉のような作家に対して、
どう接していいのか少し戸惑いがあったが、
話すこと自体には慣れている。
作家としての名声もある彼だが、
物静かな雰囲気が、
アオイには少し不気味にも感じられた。
その時、もう一人の作家、
柳宮紀子が急に話し出した。
彼女は普段から元気で社交的なタイプだったが、
今日の夜は少し元気がない様子だった。
「でも、あの人、何か隠している気がするんですよね……」
紀子はぼそりとつぶやいた。
「誰のこと?」
アオイは首をかしげた。紀子が指し示した先には、
野村祐一が座っている。
彼はひときわ静かな人物で、
筆の速さと独自の視点で知られている作家だが、
その顔色は今夜も冴えない。
「うーん……なんか、全体的に怪しいんですよね」
紀子が手を振りながら言った。
「やたらと本を読むのが早いし、目がギラギラしてて、気になるんですよ」
「それは、少し偏見じゃないですか?」
アオイは笑って反論した。「作家ってみんな、少し偏りがあるものですよ」
その言葉に、隣の遠藤恭子が口を挟む。
「でも、そういう意味では野村さんのあの目、ちょっと怖いかも」
恭子は眼鏡をクイッと上げながら言った。
彼女は笑顔で話しているが、
どうも皮肉めいたニュアンスが感じられる。
「ま、皆さん、探偵小説の登場人物みたいなもんですからね」
アオイは、笑顔で返す。
「本当は、私はあまりこういう雰囲気、得意じゃないんですけど」
その言葉に、他の作家たちが一斉に反応した。
「え、そうなの?」
「いやいや、ミステリ書いている人がそんなこと言うなんて」
笑い声が広がり、アオイも少し安心した。
だが、その瞬間――
「そういえば、アオイさんも一緒に来たわけだけど、本当にミステリ作家なの?」
と、突然美月純子が言った。
彼女は独特の雰囲気を持つ、若手作家だが、
どこか冷徹な印象が強い。
その言葉にアオイは少し驚き、
だが表情を崩さずに答えた。
「もちろんです。実はデビュー作がちょっと……」
そう言いかけたその瞬間、突然、美月が言った。
「それ、確か**あなたが推理小説を書いているって話、私にしたよね。でも、実際に読んだ人は少ないみたい。少し不安に感じてる?」
アオイは一瞬、心がざわっとしたが、
すぐに冷静を取り戻す。
「少し、練習してるところなんです。読者の評価を気にしてますけど、それも含めて学びですね」
その後、食事が進むにつれて、
他の作家たちとの会話も少しずつ
賑やかになっていく。
だが、
その夜――
誰も予期しなかった出来事が起こることになる。
---
夜も深まり、各々の部屋に戻っていった頃。
山荘は静けさに包まれていた。
佐伯アオイは、廊下の窓から外を見ていた。
霧はますます濃くなり、
月の光すらぼんやりとしか見えない。
彼女の手には、一冊のノート。
思いついたアイデアをメモするために
持ち歩いているが、今夜は何も書かれていなかった。
――カツン。
廊下の奥で、誰かの足音が響いた。
この時間に、誰が……?
アオイは振り返る。しかし、
そこには誰もいなかった。
まるで足音だけが、
霧の中から響いたかのようだった。
そのとき――
「――きゃあああっ!!」
悲鳴。女性の声。
それは、ダイニングルームの方向から聞こえた。
アオイは反射的に走り出した。
階段を駆け下り、扉を開ける。
――そこにあったのは、血に染まった死体だった。
床に倒れているのは、野村祐一。
額から血を流し、うつ伏せに倒れている。近くには倒れた椅子と、砕けたワイングラス。
「あ……ああ……!」
呆然と立ち尽くすのは、紀子。
どうやら彼女が最初に発見したようだ。
「アオイさん……これ、夢ですよね……?」
アオイは、何も答えられなかった。
血の臭いが、現実を突きつけてくる。
そして心の奥底で、冷たい確信が芽生える。
これは事故ではない。――殺人だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます