第7話:【呼ぶ声】


冷たい川で身体を洗い、新しい衣服に袖を通していると、煙の匂いが漂ってきた。


燃えてる。貴族の荷物が。人が。


笑う男達、山賊だ。

貴族は悲鳴を上げてる。

奇襲を受けた傭兵は逃げ出している。


俺は、岩陰にしゃがんで、

呼吸だけを整えていた。


俺は汗を流して、臭いも消した。

あとは生きて、戻るだけ。


それが今日の“任務”だった。


それなのに。


「——クロード!!」


聞き慣れない名前を、呼ばれた。


多分、俺の事だろう。


「クロード、仕事だ!!」


遠くから、あの女の声が飛んできた。


焦ってるわけじゃない。

怯えてもいない。


ただ、

まるで“当然のように”、


俺が来ると、信じて。


なんだよ、それ。

なんなんだよ。

俺は、


俺は今まで、そんな風に名前を呼ばれたことなんて——


気づいたら、前に出ていた。


足は、止まらなかった。


盾は、握っていた。


ただ名前を呼ばれただけで。


それが“俺の仕事”だなんて——


冗談じゃねぇよ。ほんとに。


「クロード、仕事だッ!!」


…はぁ。


うっせぇな。


呼ばれたってことは、俺に何かやらせる気なんだろ。


わかってる。わかってんだけど、

それが何なのかまでは、聞いてない。


歩き出す。

火の粉が飛ぶ。叫び声が聞こえる。


でも、そんなことは関係ない。


「クロード」って呼ばれた。


それだけだ。


それだけで、足が勝手に動いてた。


レティが囲まれてる?

どうでもいい。


こいつらに囲まれてるのが誰だろうと、

俺にとっては関係ない。


名前を呼ばれたから、来ただけだ。


それが“助ける”ってことになるのか、

俺は知らない。


俺にとっては、


立つのが仕事。

呼ばれたら、立つのが“いつものこと”。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る