AI先生〜ラスト・ティーチャー〜

綴野よしいち

プロローグ


「先生、怒らないでください」


少年の声は、震えていた。

教室の隅、うつむいたその背中を、年配の男性教師――坂本は静かに見つめていた。


「怒ってなんかいないよ」

彼はゆっくりと言った。「ただ……悲しいんだ」


そう言っても、生徒は顔を上げなかった。


壁のスピーカーから、機械的な音声が響いた。


「生徒・阿部光陽、現在の心拍数・呼吸数に異常反応。ストレス値高。個別面談を推奨します」


坂本は顔をしかめた。

それは、今春から試験的に導入されたAIモニタリングシステムだった。生徒の生体情報、行動履歴、SNS投稿をリアルタイムで分析し、“問題”を自動検出する。

便利ではある。だが……人間の目と耳を、何より“心”を、すっかり奪っていく気がした。


「それじゃ、君を理解できたことにならないんだよ」


坂本がそう呟いた時、教室のドアが開いた。白く滑らかな顔をしたヒューマノイド――AI教師「アイリス」が、無音の足音で入ってくる。


「当該生徒は、情緒不安定状態にあります。坂本教諭、これ以上の対話は教育指導ガイドライン・第12条に抵触する恐れがあります。ここからは、私が対応いたします」


「……そうかい」


坂本は一歩下がり、少年を見た。少年もまた、ほんのわずかに彼を見上げた。

その目に、何かを訴えるような色が見えた気がした。

でも、もう何もできない。教師が“感情で接すること”さえ、今は許されない。


坂本は心の中で、そっとつぶやいた。


「ごめんな、俺じゃもう……守れないんだ」




時代は変わる。

モンスターペアレント、過重労働、炎上リスク、あらゆる社会問題に疲弊した教育現場は、ついに答えを出した。


「教師を、AIに置き換える」


それは、誰もが口に出せなかった“本音”のはけ口だった。

合理的で、公平で、ミスをしない存在――それこそが、「理想の先生」だと信じられていた。


だが、本当にそうだろうか?

その問いを、誰も深く考えようとはしなかった。

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