プロローグ 第六幕:真田健人の虚構と現実

都内の一室。無数のインクの染みが創作的な雰囲気を醸し出すデスクで、若き漫画家・真田健人は、最新話のネームが詰まったタブレットの画面を睨んでいた。21歳。引きこもりがちだった高校時代に、誰も予想しなかった独特な発想力と構成能力を発揮し、ウェブコミックサイトへの投稿をきっかけに週刊少年チャンプスの編集者の目に留まり、電撃的にデビュー。三年間の連載を経て、現在は同誌の絶対的な看板作品である超能力バトル漫画『サラニン』を執筆している。その独自な世界観と息を呑むようなストーリーは世界的な人気を博し、コミックスは全世界で1億部以上を売り上げ、国民的アニメ化、人気俳優による実写ドラマ化、さらにはハリウッド映画化の話も具体的に進んでおり、まさに時代の寵児と言える存在だ。


アシスタントの、コンピュータグラフィックと背景を担当する宮田アオと、エフェクト線や細かな書き込みを得意とする石上グレーと共に立ち上げた漫画制作プロダクション「スタジオSanada」は、常に締め切り前で、大量のカフェイン飲料と寝不足に満ち、同時に創造的なエネルギーと緊張感に包まれていた。今日も、次号掲載分の厳しい締め切りに向けて、三人がかりで画面に向かい、熱のこもった作業が繰り広げられている。


真田の頭の中には、常に存在する現実とはかけ離れたファンタジーで独特な世界が広がっている。普通の人間にはない特殊な能力を持つ魅力的なキャラクターたち、読者の感情を揺さぶるドラマチックな展開、そして最後のページまで読者を飽きさせない予測不可能なストーリーが続く。しかし、ペンを執り、ファンタジーの世界を創造する彼自身は、漫画の世界とは対照的に、コンビニエンスストアへの買い出し以外はほとんど外出しないという、現実との接触を極端に避ける比較的平穏で孤独な日々を送っていた。


だが、その慎重に保たれていた閉ざされた平穏は、突然、脆くも崩れ去る。連載中の『サラニン』で、主人公たちが遭遇する奇妙な現象や、敵キャラクターが引き起こす不可解な事件が、まるで鏡のように現実世界のニュースで報道される事件と、信じられないほど奇妙に一致し始めたのだ。最初は編集者との間で「最近のニュース、うちの漫画に似てません?」と冗談交じりに話していた真田だったが、類似する事件が立て続けに報道されるたびに、言いようのない冷徹な不安が、彼のバーチャルなキーボードを叩く指先をゆっくりと這い上がってきた。


「まさか……俺の描いた漫画が、現実を予言しているのか?」


自身のファンタジーから生まれた虚構が、現実の世界に物理的な影響を与え始めているのではないかという、荒唐無稽でありながらも拭い去れない疑念。それは、ファンタジー世界を創造する独特な才能を持つ真田を、深い混迷と隠れた恐怖の渕へと突き落とす。彼は、編集者にこの奇妙な一致について相談することもできず、一人でその異常な事態に直面していた。そんな中、真田のプライベートなメールアドレスに、差出人不明の奇妙な電子メールが届く。件名には意味不明な文字列が並び、本文には漫画『サラニン』のある重要なアイテムに関する記述が、まるで真田の思考を覗き見ているかのように書かれていた。そのメールを見た瞬間、真田は背筋が凍りつくような悪寒を感じた。「一体、誰が……?」

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