プロローグ 第五幕:来栖トリガーの異質

東京の雑踏の中、来栖トリガーは、周囲の喧騒や景色に、まるで無数の針が肌を刺すような、耐え難い違和感を覚えていた。24歳。銀色の短い髪と、吸い込まれるような深い蒼色の瞳を持つ彼は、行き交う人々の慌ただしい動きや、林立するネオンのサインを、まるで古代遺跡に迷い込んだ旅人のように、冷徹で分析的な視線で見つめていた。彼にとって、この世界は全てが奇妙で、基本的な理解を超えたものばかりだった。なぜなら、彼は豊かな自然と古代魔法が息づく異世界「エルドリア」から、故郷を一瞬で滅ぼした正体不明の黒い霧「ヴォイド」を追って、何らかの意思を持つかのような不可解な力に導かれるようにして、この世界へと「転生」してきた存在だからだ。


高層ビルが空を切り裂くように聳え立ち、無数の人々がまるで意思を持たない群れのように行き交い、耳をつんざくような電子音楽や広告の声がスマートフォンから流れ出す。全てが彼の故郷、動物の声と木々のざわめきが満ちていたエルドリアには存在しなかった、人工的で過剰な光景だった。言葉も文化も全く異なる世界で、彼はまるで透明な壁に隔てられたかのように、世界観の根本的なずれに戸惑い、深い孤独を感じていた。


しかし、トリガーには、この見慣れない世界に来たことに対する決して揺るがない固い決意があった。この世界を覆う、かすかながらも確かな「違和感」。それは、彼の故郷エルドリアを一瞬で灰に変えた、あの忌まわしき災厄「ヴォイド」の、微かに残る負のエネルギーの痕跡に酷似していた。この平和に見える世界にも、エルドリアを滅ぼしたのと同じ、何か隠れた、そして非常に危険な脅威が潜んでいるのではないか。彼は、その「違和感」の正体を突き止め、二度と同じ悲劇を繰り返させないために、言葉も通じないこの見慣れない街を、まるで空気中の微粒子を捉えようとするかのように、敏感に彷徨っていた。


言葉が通じない人々の中で、トリガーは最小限の身振り手振りと、エルドリアで学んだ古代言語の音に近い、いくつかの片言の日本語を駆使しながら、手がかりを探し始める。彼の異常な銀色の髪と吸い込まれるような蒼い瞳、そして時折見せる奇妙な、周囲のルールを理解していないかのような行動は、周囲の好奇の視線を集めることもあったが、彼はまるで気にも留めることなく、ただ、自身の研ぎ澄まされた六感と、エルドリアで鍛え上げた魔法的な感受性を頼りに、空気中に漂う、かすかな「異質」な波動を追い求めていた。時折、彼は痛々しい表情で胸を押さえる。それは、ヴォイドの残滓が、彼の中に移植された、エルドリアの聖なる石の欠片と微かに共鳴する印だった。

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