プロローグ 第四幕:神崎咲良の輝きと予感

眩しいほどのフラッシュライトを浴びながら、神崎咲良は、まるで太陽のような満面の笑みをレンズに向けた。18歳。都内の進学校に通う高校生でありながら、その天使のような愛らしいルックスと、誰からも好かれる明るく元気なキャラクターで、人気グラビアアイドルとして、その名は日本中に知れ渡っている。所属事務所は業界大手のSDGO。その抜群の好感度から「好感度女王」の異名を持ち、テレビCMの契約はなんと20本にも及び、その経済効果は数億円に上るとも言われている。


仕事は朝早くから深夜まで多忙を極めるが、咲良は常に前向きだった。SNSに寄せられるファンからの温かい声援を心の糧に変え、一つ一つの仕事に全力で取り組んでいる。しかし、多忙なスケジュールの合間には、ふと寂しさを覚えることもあった。恋愛については全く奥手で、これまで真剣に誰かを好きになったことは一度もない。いつかドラマのような素敵な人と巡り会いたいという純粋な憧れを抱きつつも、今は仕事に完全に集中する日々を送っていた。


そんな公私ともに注目される咲良には、誰にも打ち明けたことのない、秘密の思い出があった。中学一年生の梅雨の時期、慣れないヒールのせいで通学路で転んでしまい、不良に絡まれていた自分を、突然助けてくれた、少し年上の優しいおじさん――埼玉一尊のことが、ずっと心の片隅に残っていたのだ。その時、彼が差し出してくれた、少しごつごつした温かい手の感触と、穏やかな声で「大丈夫?」と声をかけてくれた時の優しい視線が忘れられず、子供ながらの感謝と、淡い憧憬を抱いていた。彼は、咲良が落とした、少し傷ついたマスコットキーホルダーを拾って、そっと彼女の手に握らせてくれた。しかし、日々の忙しさの中で、埼玉の面影は次第に薄れていき、連絡先も知らないまま、数年が過ぎていた。


ところが、突然、人気学園ドラマの撮影現場で、咲良は共演者の名前に、長い間忘れていたはずの、しかしどこか懐かしい響きを見つける。「埼玉一尊」。それは、今をときめく若手実力派俳優の名札に書かれていた。その名前を見た瞬間、咲良の脳裏に、中学時代に助けてくれた優しいおじさんの面影が鮮やかに蘇り、心臓がどきりと早く、またゆっくりと激しく鼓動し始めた。ずっと封印していたはずの記憶が鮮明に蘇り、咲良の胸は突然大きく揺れ動く。


「まさか……あの時の、埼玉さん?」


再会への子供のような期待と、数年の月日が流れたことへの小さな戸惑い。そして、あの優しいおじさんが、今の自分にとって一体どんな存在になるのかという、複雑な予感。揺れる乙女心とは裏腹に、プロのアイドルとして、共演者として、仕事への集中力を保とうとする咲良。しかし、その共演者が、撮影の合間にいつも大切そうに、少し傷ついた様子のマスコットキーホルダーを眺めているのを目撃してしまう。その瞬間、咲良の中で何かが確信へと変わる。埼玉のことになると、普段の慎重さはどこへやら、感情的になり、目標を絶対に諦めなくなるのが、彼女の隠れた性格だった。撮影の合間、咲良は勇気を振り絞って、その共演者に話しかけようとするが、人気俳優である彼の周りには、常に人だかりができており、なかなか連絡を取る機会を見つけられずにいた。その焦燥感が、咲良の胸の中で次第に膨らんでいくのを感じていた。

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