プロローグ 第三幕:ステファニー王妃の戸惑い
春の陽気に誘われ、日本の美しい桜並木を、淡いピンク色の花びらが風に舞う中、物憂げな表情で眺めていたのは、ボンディ共和国の王妃ステファニーだった。24歳。その稀有な美貌は、異国の地でもひときわ輝きを放ち、道行く人々は思わず足を止めて見惚れていた。隣には、夫であるボンディアルファ14世が、慣れ親しんだ穏やかな微笑みを浮かべ、優しく寄り添っていた。55歳という年齢差は感じさせない、深い信頼と愛情で結ばれた夫婦だった。
ステファニーは、幼い頃から日本の絵本を愛読しており、その文化に強い興味を持っていて、今回の来日は彼女にとって長年の夢が叶った瞬間だった。古都の静謐な寺社仏閣を巡り、繊細な伝統工芸に触れ、そして何よりも、出会う日本人の礼儀正しさと温かさに深く心を惹かれていた。
しかし、その穏やかな時間は突如として終わりを告げる。滞在中の由緒ある老舗ホテルの一室で、母国ボンディ共和国でクーデターが発生したという衝撃的なニュースが、いつも肌身離さず持っている夫からのプレゼントのスマートフォンに、速報として飛び込んできたのだ。事態は深刻で、反政府勢力によって王宮は完全に掌握され、夫であるボンディアルファ14世の身にも危険が及んでいるという。知らせを聞いたステファニーの顔から、瞬時に血の気が引いた。
異国の地で、言葉も文化も異なる場所で、突然、国の情勢が激変する。ステファニーは、言葉にならないほどの不安と焦燥感に襲われた。大使館との連絡も途絶え、頼る人もなく、錯綜する情報の中で、彼女はただ、夫の無事を祈ることしかできなかった。豪華なホテルの部屋は、たちまち冷たい牢獄へと変わった。その時、ふと彼女の目に留まったのは、部屋に飾られた一輪の白い百合の花だった。それは、出発前に夫が「無事を祈っている」と贈ってくれたものだ。
そんな中、ステファニーの元に、暗号化された見慣れないアドレスから、ボンディル大統領補佐を名乗る男からの連絡が入る。76歳という老齢ながら、隣国クエルスト連邦の実力者であるその男は、ステファニーに対し、信じられないような冷徹な提案を持ちかけてきた。それは、彼女の王妃という立場を利用し、混乱に乗じてボンディアを傀儡国家として支配するという、恐ろしい陰謀の一端だった。「あなたの美貌と王室の権威があれば、民衆を操ることは容易い」と、男は低い声で囁いた。
一国の王妃として嫁いだステファニーは、遠い異国で、国家の存亡を揺るがす巨大な陰謀に、否応なく巻き込まれていくことになる。彼女の高貴な血筋と、抗いがたい美貌が、欲望渦巻く権力闘争の火種となろうとしていた。ステファニーは、自身の内で渦巻く激しい恐怖と、王妃としての重い責任感の間で、深く苦悩していた。その小さな肩には、突然、国家の命運が託されようとしていた。
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